う》。唯物科学の文化の光りが。明るく光れば光って来るだけ。暗くなるのが精神文化じゃ。金じゃ女じゃ。権利じゃ義務じゃと。手段撰ばぬ悪智慧比べじゃ。道理外れた生存競争。電車自動車ソラ飛行機じゃと。縦横無尽に行き交《か》い飛び交う。人の運命一寸先だよ。暗に隠るる秘密の扉じゃ。連れて来られた老若男女は。狂気本気の区別を問わない。馬鹿も怜悧《りこう》も一列平等。ドンと蹴込《けこ》んでピタリと閉じたら。タッタ一呑み文句を云わせぬ。音も香《か》もなく落ち行く先だよ。娑婆《しゃば》の道理や人情の光りが。影も映《さ》さない暗黒世界じゃ。鉄筋煉瓦やセメント造りの。科学知識のこの世の地獄じゃ。中に重なるキチガイ地獄の。上に在るのが親切地獄で。次が軽蔑、冷笑地獄じゃ。下は虐待《ぎゃくたい》、暗殺地獄の。底は何やらわからぬ地獄じゃ……チャカポコチャカポコ……
 ▼あ――ア。あとは何やらわからぬ地獄の。次に並ぶはモ一《ひと》つスゴイよ。これは何でもわかった地獄じゃ。おのれ彼奴《あいつ》が正気の俺をば。こんな処へ投げ込みおるかと。歯噛み、身もだえ、地団駄《じだんだ》、踏んでも。踏めば踏む程、親切地獄じゃ。それでも止《や》めねば虐待地獄じゃ。あとは無念の白骨地獄で。化けても出られぬ奈落へ抜けます……チャカポコチャカポコ……
 ▼あ――ア。化けて出られぬ奈落へ抜けるよ。そんな危い地獄の扉が。もしも本当《ほんと》にそこいら中に。あるとなったらさてどうなるか。お立会い衆は無論の事だよ。政府当局、天下の学者。知識階級の誰かれ問わない。血あり涙のある方々が。知らぬ顔して捨ててはおけまい。古い川柳に座敷の牢屋で。薬飲むにも油断がされぬと。(註に曰《いわ》く――座敷牢薬をのむに油断せず――柳樽《やなぎだる》――)御座りまするはお江戸の昔じゃ。況《ま》して況《いわ》んや近代文化の。科学知識の進歩の中でも。人の脳髄、心の正体。何が何やらわからぬために。精神病学研究し方が。八方|塞《ふさ》がり昔のままだよ。贋《にせ》のキチガイ真実《ほんと》のキチガイ。ハッキリ区別も出来ない癖に。ほかの医学の体裁真似して。治療診察なんどというては。四角四面の病院作って。器械標本、薬に書物と。並べ飾って威張っているなら。こんな地獄が出来るは当然。これを防ぐが目下の急務じゃ。そんな病院見当り次第に。タタキ潰すが何より急務じゃ……スカラカ、
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