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――一名、狂人の暗黒時代――
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墺国理学博士
独国哲学博士 面黒楼万児《めんくろうまんじ》 作歌
仏国文学博士
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▼ああア――アア――あああ。右や左の御方様《おんかたさま》へ。旦那|御新造《ごしんぞ》、紳士や淑女、お年寄がた、お若いお方。お立ち会い衆の皆さん諸君。トントその後は御無沙汰ばっかり。なぞと云うたらビックリなさる。なさる筈だよ三千世界が。出来ぬ前から御無沙汰続きじゃ。きょうが初めてこの道傍《みちばた》に。まかり出《い》でたるキチガイ坊主……スカラカ、チャカポコ。チャカポコチャカポコ……
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……サアサ寄った寄った。寄ってみてくんなれ。聞いてもくんなれ。話の種だよ。お金は要らない。ホンマの無代償《ただ》だよ。こちらへ寄ったり。押してはいけない。チャカポコチャカポコ……
……サッサ来た来た。来て見てビックリ[#「ビックリ」は太字]……スチャラカ、チャカポコ。チャチャラカ、チャカポコ……
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▼ア――あ――。まかり出でたるキチガイ坊主じゃ。背丈《せい》が五尺と一寸そこらで。年の頃なら三十五六の。それが頭がクルクル坊主じゃ。眼玉落ち込み歯は総入歯で。痩《や》せた肋骨《あばら》が洗濯板なる。着ている布子《ぬのこ》が畑の案山子《かかし》よ。足に引きずる草履《ぞうり》と見たれば。泥で固めたカチカチ山だよ。まるで狸の泥舟《どろぶね》まがいじゃ。乞食まがいのケッタイ坊主が。流れ渡って来た国々の。風に晒《さら》され天日《てんぴ》に焼かれて。きょうもおんなじ青天井《あおてんじょう》だよ。道のほとりに鞄《かばん》を拡げて。スカラカ、チャカポコ外聞晒す。曰《いわ》く因縁、故事、来歴をば。たたく木魚に尋ねてみたら……スカラカ、チャカポコ。チャカポコチャカポコ……
▼ア――あ。曰く因縁、木魚に聞いたら。親子兄弟、親類|眷族《けんぞく》、嬶《かかあ》も妾《めかけ》ももちろん持たない。タッタ一人のスカラカチャンだよ。氏《うじ》も素性《すじょう》もスカラカ、チャカポコ。鞄一つが身上《しんじょう》一つじゃ。親は木の股キラクな風の。吹くに任かせた暢気《のんき》な身の上。流れ渡った世界
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