のでした。
 そのうちにその九州日報を首になりましたので、私は書きたい材料をウンウン云うほどペン軸に内訌《ないこう》させたまま山の中に引込んで、そんな材料をポツポツペン軸から絞り出して行くうちに、山の中特有の孤独な、静寂な環境のせいでしょうか。次第次第にペン先が我ままを云うようになりました。
 四つも五つも電話が鳴りはためいている中でも平気で辷《すべ》っていたペンが、蠅の羽音を聞いても停電するようになりました。ペンが動き止まないうちは、一歩も机を離れなくなって、三度の食事は勿論、便所に立つ事も出来なくなりました。ことに一時間五枚という自慢のスピードがグングン落ちて来て、一日平均二枚、乃至《ないし》、五枚という程度まで低下して来たのにはホトホト閉口したものでした。
 しかし、それでも有難いことに、とにもかくにもペンの方で動いてくれましたので、私もそのペン軸に取り縋《すが》り取り縋り、今日まで月日を押し送って来ましたが、最近……と云っても昨年末から、そのペンが一寸《ちょっと》も動かなくなったのです。

 何故だかその理由はわからないのです。
 昨年の十二月の初めの事です。私は道楽半分に書い
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