行方を晦《くら》まして居るらしい事が判明した――
 ――美少女エラ子は赤岩氏が一箇月ばかり前に何処《どこ》からか連れて来て匿《かく》まっている同氏の私生児で、今日まで固く口止されていた事実を小使の白木某が陳述した――
 ――同アパートは新築|匆々《そうそう》の為め、一階の事務室と、エラ子の居室のほか全部がガラ空《あ》きであった。――且《かつ》、爆発現状の目撃者が重傷、惨死、又は人事不省に陥っている為め目下の処、事件の真相について、何等の手がかりを得ず――
 ――警察当局は曰《いわ》く――××党とは絶対に無関係だ。赤岩氏が同アパートの空室《あきべや》に秘密運搬中の、鉱山用の火薬類が、取扱いの不注意の為めに発火したものと、少女エラ子に絡まる情痴関係の殺人が、偶然に一致したものでは無いか――爆弾ならば一発で効果は充分の筈である。路面に残っている二個の大穴が、何と云っても疑問の中心でなければならぬ――なお目下詳細に亘《わた》って取調中云々――
 ――疑問の美少女エラ子の行方は――正体は?――

 妾《わたし》はフキ出してしまった。あんまりトンチンカンな記事なので、一人でゲラゲラ笑い出したらカフェーじゅうの西洋人や日本人が一時にこっちをふり向いた。帳場の男も註文を通しながら妾の横顔に、色眼みたいなものを使っている。だけど妾がこの事件のホントーの犯人で、疑問の少女エラ子だなんて事は一人も気付いていないらしい。何といったって妾のメーキァップは、やっと女学校に這入《はい》ったぐらいのオチャッピイにしか見えないのだから……。
 そんな連中のポカーンとした顔を見まわしているうちに、妾はたまらなくユカイになってしまった。スコシ酔っているせいかも知れないけど……妾はわざっと黄色い声を出して、帳場の男に頼んでやった。
「……あのね。すみませんけど、レターペーパと鉛筆を貸してちょうだいナ……」
 帳場の男が眼をパチクリさせた。兵隊みたいに固くなって、
「かしこまり……ました」
 と云い云いすぐにペーパと万年筆を持って来てくれた。
 妾は一気にペンを走らせはじめた。ジン台のカクテルをチビリチビリ飲みながら……。
 ……みんな面喰っているらしい。そんなことなんか、どうでもいいんだけど……。
 あたしは事件の真相を発表する前にタッタ一こと書いておく光栄を有します。
 妾がこの手紙を書き上げるまでには
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