ハラムはここまで云いさすと、何故だかわからないけれどもフッツリと言葉を切ってしまった。つっ伏したまま黙りこくって、身動き一つしなくなった。それにつれて、その下の籐椅子の鳴る音が、微かにギイギイときこえて来た。運命の神様の声のように、おごそかに……ひめやかに……。
 妾《わたし》は今までに泣いた事などは一度もなかった。人間が何人殺されたって、どんなに大勢からイジメられたって、悲しいなんか思ったことはコレッばかしもなかった。それだのにこの時ばっかりは、何故ともわからないまんまに、泪《なみだ》が出て来て仕様がなかった。ハラムのお説教とは何の関係もなしに胸が一パイになって来て仕様がなかった。何が悲しいのかチットモ解からないのに泣けて泣けてたまらなかった。
 ……すると、そのうちに何だか胸がスウ――として来たようなので、妾は羽根布団からヒョイと顔を出してみた。
 両方の眼をこすって見るとハラムはまだ妾の前に頭を下げている。妾を拝むように両手を握り合わせて、両股を広々と踏みはだけている。そうして心の中《うち》で御祈祷か何かしているらしく、唇をムチムチと動かしている。
 そうしたハラムの姿を見ているうちに、妾はフッと可笑《おか》しくなって来た。何だか生れかわったように気が軽くなって、思わずゲラゲラと笑い出してしまった。
 ハラムはビックリしたらしかった。白眼をグルグルとまわしながら顔を上げて、妾の顔をのぞき込んだから、妾はもう一度キャラキャラと笑ってやった。
「……ハラムや御飯をちょうだい……」
「……ハ……ハイ……」
 ハラムは面喰らったらしかった。妾のために一生懸命で、ラドウーラ様をお祈りしていた最中だったらしく、毒気を抜かれたように眼ばかりパチクリさせていた。
「それからね。御飯が済んだら、妾に運命を支配する術を教えて頂戴ね。自分の運命でも他人の運命でも、自分の思い通りに支配する術を教えて頂戴……あたし……悪魔の弟子になってもいいから……ネ……」
「……ハ……ハ……ハイ……ハイ……」
 ハラムはイヨイヨ泡を喰ったらしかった。ムニャムニャと唇を動かしていたが、やがて、こんな謎のような言葉を、切れ切れに吐き出した。
「……運命の神様……ラドウーラ様の前には……善も……悪も……御座いませぬ」
「ダカラサ。何でも構わないから教えて頂戴って云ってるじゃないの……あたしの運命を、お前の
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