お姫《ひい》様……何もかも運命で御座います」
 ハラムは、そうした気持ちの妾を又も軽々と抱き上げて、ノッシノッシと歩きながら、室《へや》の真中に在る紫檀《したん》の麻雀《マージャン》台の前に来た。それは牌《パイ》なんか一度も並べた事のない、妾達の食卓になっていた。その前に据《すわ》っている色真綿《いろまわた》の肘掛椅子の中に妾の身体《からだ》を深々と落し込むと、その上から緞子《どんす》の羽根布団を蔽いかぶせて、妾の首から上だけ出してくれた。
 ハラムのこんなシグサは、まったく、いつもにない事だった。けれども妾は別段に怪しみもしないで、される通りになっていた。今から考えると、その時の妾の恰好《かっこう》は、ずいぶん変デコだったろうと思うけど……。
 そればかりじゃなかった。ハラムは平生《いつも》のようにパンカアを引き動かして、妾の身体《からだ》を乾かしてくれる事もしなかった。そんな事は忘れてしまったように、室《へや》の隅から籐椅子《とういす》を一つ、妾の前に引き寄せて来て、その上に威儀堂々とかしこまった。そうして塔のように捲き上げたターバンを傾けて、妾の瞳にピッタリと、自分の瞳を合せると、そのまま瞬《またた》き一つしなくなった。妾も仕方なしに、真綿の椅子の中で羽根布団に埋《うずま》ったまま、おなじようにしてハラムの顔を見上げていた。
 籐椅子がハラムの大きな身体《からだ》の下でギイギイと鳴った。
 その時にハラムは底深い、静かな声で、ユルユルと口を利きはじめた。妾の瞳をみつめたまま……。
「……何事も運命で御座います。妾は、お姫《ひい》様の運命をはじめからおしまいまで存じているので御座います。あなた様の過去も、現在も、未来の事までも、残らず存じ上げているので御座います。この世の中の出来事という出来事は、何一つ残らず、運命の神様のお力によって出来た事ばかりなのでございます」
 ハラムの顔付きがみるみるうちに、それこそ運命の神様のように気高く見えて来た。ターバンのうしろに光っている海月色《くらげいろ》のシャンデリヤまでが、後光のように神秘的な光りをあらわして来た。それにつれてハラムの低い声が、銀線みたいに美しい、不思議な調子を震わしはじめた。
「……その運命の神様と申しまするのは、竈《かまど》の神、不浄場《ふじょうば》の神、湯殿の神、三ツ角《かど》の神、四つ辻の神、火の山
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