見ました。鬚をひねって聞いていた警部さんはこれを聞くと笑い出して、
「フム、面白い話だ。どうだ支那人、その通りか」
と尋ねますと、支那人は手と頭を一時に振って、
「違います違います。この袋は私の大切な袋です。この小供はうそ云います。こんな小さい袋の中に女の子が大勢いる事ありません。嘘ならあけて御覧なさい」
「フム。おい、春夫とやら。その袋をあけて見ろ」
春夫さんが机の上に袋をあけると、中から青だの赤だの白だの紫だの金だの銀だの、数限り無い南京玉が机上一面にバラバラと散らばって床の上にこぼれました。
「これ欲しいからこの小供泥棒したのです。そうして嘘云うのです」
「どうだ、それに違いなかろう。貴様、今の中《うち》に本当の事を云えば許してやる」
と警部さんは怖《こわ》い顔をして申しました。そうして支那人に、
「お前はもういい。その袋を持って帰れ」
と云いました。支那人は喜んでピョコピョコ頭を下げて、散らばった南京玉を拾い集めて巾着に入れかけました。
泣くにも泣かれぬ絶体絶命になった春夫さんは、この時思い切って高らかに叫びました。
「メーチュンライライ」
するとどうでしょう。数限りない南京玉が一つ残らず消えてしまうと一所に、警察の大広間には這入り切れぬ程大勢の女の児が机の上や床の上から一時に現われて、警部さんも巡査さんも春夫さんも支那人も身動き出来ぬ位になりました。その中に、
「アッ、お兄様」
と言って嬉し泣きに泣きながら春夫さんに縋《すが》り付いた女の児がありました。
「アッ、美代ちゃん」
と云うと、春夫さんも嬉し泣きに泣きました。
魔法使いの支那人はすぐに捕まりました。
春夫さんは許されて、美代子さんを連れて大喜びでおうちへ帰りました。
他の女の児は皆警察からお家《うち》へ知らして迎いに来てもらいました。
魔法の巾着は警察で焼いてしまいましたから、もう誘拐《かどわか》されるものは無くなりました。
美代子さんはそれから決してひとの口真似をしませんでした。他の女の児もきっとそうでしょう。
底本:「夢野久作全集1」ちくま文庫、筑摩書房
1992(平成4)年5月22日第1刷発行
※底本の解題によれば、初出時の署名は「海若藍平《かいじゃくらんぺい》」です。
入力:柴田卓治
校正:もりみつじゅんじ
2000年1月31日公開
2006年5月3日
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