軒先で支那人が、
「反物入りまションか」
と云っているだけです。
春夫さんはあの支那人が誘拐《かどわか》したに違いないと思いました。
どこに美代子さんを隠したのだろうと思いながら、見えかくれにあとからついて行きますと、支那人は二三軒門口から呼び歩きましたが、間もなく真直ぐに街を出てだんだん賑《にぎ》やかな処へ来ました。そうしてこの街で一番繁華な狭い通りへ来ると、そこの暗い横露地へズンズン曲り込んで、黒い掃《は》き溜《だめ》の横にある小さな入口へ腰をかがめて這入ると、アトをピシャンと閉めてしまいました。
春夫さんは、この支那人が美代子さんを誘拐《かどわか》しているのじゃないのか知らんと思って、あたりを見まわしましたが、念のため横にある黒い箱にのぼって、その上にある小窓からガラス越しに中をのぞいて見ると、中は真っ暗で何も見えません。只|直《す》ぐ眼の前に大きな階段が見えるだけです。そうしてその上の方から聞こえるか聞こえぬ位、かすかに女の子の泣き声が聞えて来るようです。
春夫さんは試しに窓を押して見ると、都合よくスッと開《あ》きました。占めたと思って、そこから機械体操の尻上りを応用して梯子段《はしごだん》の上に出て、あとの硝子《ガラス》窓をソッと閉めました。すると疑いもない女の児の泣き声が、上の方から今度ははっきり聞えて来るではありませんか。
春夫さんは胸を躍らせながら、足音を忍ばせて真暗な梯子段を声のする方へ近寄りました。その突当りの真暗な廊下に一つの扉があります。声はその中から聞えて来るようです。
春夫さんはその扉の鍵穴にそっと眼をつけて見ましたが、思わず声を立てるところでした。
中には、青い洋燈が真昼のように点《とも》れている下に、大きな大理石の机があります。その前に最前の支那人が汚いシャツ一枚になって腕まくりをして、巾着の口を開いて中をのぞきながら、
「メーチュンライライ」
と云いますと、一人の女の児が見事な洋服を来たままヒョイと机の上に飛び出しました。
女の児は机の上に立つと、暫くは眩《まぶ》しそうにキョロキョロあたりを見まわしておりましたが、支那人の顔を見ると、かどわかされた事に気が付いたと見えて、ワッとばかりに泣き出しました。
支那人はニヤニヤ笑って巾着の口を閉じながら、
「お嬢さん。あなた、私の口真似をしたでしョ。だから私が罰をするの
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