ろの騒ぎではない。大変な事実をAは喋舌《しゃべ》り初めたのです。
 Aはその副院長の前で、谷山家の秘密を洗い渫《ざら》いサラケ出したばかりでなく、自分の発狂の真原因までも思い出して、アッサリ白状してしまったのでした。

 Aは石狩川の上流を探検して、千辛万苦の末に、ようようの事で旭岳の麓の私の留守宅を探し当てたのです。そうして最早《もはや》、スッカリ原始生活に慣れ切っている久美子と、四人の子供達が、澄み切った真夏の太陽の下で、丸裸体《まるはだか》のまま遊び戯《たわむ》れている姿を、そこいらのトド松の蔭から、心ゆくまで垣間《かいま》見た訳ですが、その時のAの驚きはドンなでしたろう。夢にも想像し得なかった神秘的な光景に接して、開いた口が塞《ふさ》がらなかった事でしょう……のみならずそこでヤット一切の事情を呑み込んだAは、懐中していた新聞紙面の複写の中に在る久美子の写真と、実物とを引き合わせてみた時の喜びは又ドンナでしたろう。これこそ谷山家の一切合財を、地獄のドン底まで突き落すに足る大発見と思って、胸を轟《とどろ》かしたに違いありません。……その時まではまだ龍代が自殺していなかった筈ですからね……。
 けれどもAはここで又、第二段の失策に足を踏みかけていることに気付きませんでした。つまりAはそこで、久美子と子供達の写真を、何枚か撮っただけで、一先《ひとま》ず探険を切上げて来ればよかったのですが、そうしなかったのがAの運の尽きでした。……もっともそのような、エロともグロとも形容の出来ないスバラシイ情景を、遠くから眺めたまま引返すというようなことは、新聞記者根性のAにとって絶対に不可能な事だったかも知れません。或はそのエロ・グロの女主人公《ヒロイン》に対して、A一流の冷酷な野心を起したものかも知れませんが、とにかく吸い寄せられるようにフラフラとなったAは、吾《わ》れ知らず熊笹を押し分けながら、その方向に近付いて行ったものです。
 すると間もなく大変な事が起りました。
 永い間、男気無しのまま、人跡絶えたモノスゴイ山奥に、原始生活をして来た気の強い女……ことにタッタ一人でアラユル飢寒と戦いながら、四人もの子供を育てて来た母性が、如何に慓悍《ひょうかん》狂暴な性格に変化するものかという事実は、普通人のチョッと想像の及ばないところでしょう。……まして況《いわ》んやです。ずっと以前に
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