女中は、今までそれはそれは忠義ないい女中で、そんな意地のわるいことをしたことは一度もありませんでしたのに……」
「不思議ですね」
「どうしたのでしょうね」
 と二人は顔を見合わせました。
 そのときにはるか下の方でバタンバタンという音につれて、
「ウーン、ウーン」
 という声がきこえました。
 二人はビックリしましたが、すぐに上り口からはるか下の方をのぞいて見ますと、長い長い梯子段の下のところで、例の大きな蜘蛛と、白い衣服《きもの》を着た女の人とが一生懸命で闘っていますが、その女の人は見る見る蜘蛛から糸で巻きつけられてしまっているのが、窓からさし込んだ月の光りでよく見えます。
「おッ。あれは私の母の妃です。おのれ蜘蛛の奴」
 と云ううちに、王子は矢のように梯子段を駈け降りて行きました。
 オシャベリ姫はどうなることかと見ておりますと、梯子段を降りた王子は懐中から短刀を抜き出すや否や、たった一撃《ひとう》ちに蜘蛛の眼と眼の間へ突込んで殺してしまいますと、つづいて同じ短刀でお妃に巻きついた糸をズタズタに切り破ってお妃を助け出しました。
 オシャベリ姫はほっと安心しながら、なおもようすを見ていますと、お妃は嬉しさのあまり王子を犇《しっかり》と抱き締められましたが、やがてその手をゆるめて、手真似でどこかへ逃げるように王子に教えておられるようです。
 王子は地びたへ両手をついてお礼を云いました。
 そのうちに、お妃は涙を流しながら王子と別れて、表の方へ出て行かれました。
 それを見ていたオシャベリ姫は、急いで梯子段を降りて、王子の傍に行こうとしましたが、その時は何だかお城の中が急に騒々しくなったようで、風の音のきれ目きれ目に沢山の人の足音がするようですから、姫は外をのぞいて見ますと、大変です。
 沢山の兵隊が手に手に短刀を持って、この塔の方へ押しかけて来るようです。
 これを見た姫は思わず上から叫びました。
「王子様、大変ですよ。大勢の兵隊が攻めて来ますよ」
 王子はこれをきくと、すぐに表に走り出て見ましたが、忽《たちま》ち塔の中に駈けもどって、右に左に折れまがった梯子段を、一つのぼっては引き外《はず》して投げおろし、二つのぼってはつき落して、塔の上まで昇ってくるうちに、階段が一つも無いように下の方へ落してしまいました。
 そこへ大勢の兵隊が攻めかけて来ましたが、梯子段が落ちているので登ることが出来ません。しかたなしに八方から鉄の塔を取り巻いて、ヒューヒューと矢を射かけましたが、あまり塔が高いのでみんな途中まで来て落ちてしまいました。
 王子はそれを見ながら、あまりの恐ろしさにワナワナふるえている姫にこう云いました。
「この兵隊どもはみんな、この国の風下の町々から来た兵隊です。さっきから私たちがお話した声が風下の町や村へすっかりきこえたそうで、この塔の上に魔物がいるというので、父の王に早く退治るように云って来たのです。父の王も母の妃も、そのお話をしたものがあなたと私で、魔物でも何でもないことはよく知っていたのですが、昔からこの国ではオシャベリをしたものは殺すことになっているのですから、殺さないわけに行きません。すぐにお城の中でも兵隊を繰出すように云いつけましたので、母の妃は心配して、早く逃げるように知らせに来たのです。けれども悲しいことに口を利くことが出来ないので、しかたなしに中に這入ろうとしたために蜘蛛の巣に引っかかってあんな目に合ったのです」
「まあ、ほんとに御親切なお母様ですこと」
 とオシャベリ姫は涙を流しました。
「けれどももう遅う御座いました。この塔はもう八方から兵隊に取巻かれて逃げることは出来ません。只逃げる道が一つあるきりです」
「えっ、まだ逃げる道があるのですか」
「ありますとも。あなたはさっき崖から飛び降りる時に持っておられた落下傘《パラシュート》を持っておいででしょう」
「あっ。持っています、持っています」
「それを持って飛げるのです」
 と云いながら、王子は鉄の塔の絶頂の窓のところからお城の方を向いてこう叫びました。
「お父様、お母様、私がわるう御座いました。よけいなことをオシャベリして大層御心配をかけました。私はこれから姫と一所によその国へ行きます。けれどもこれから決してオシャベリはしません。本当に見たりきいたりしたことでも、よけいなことはお話しをしないようにいたしますから、どうぞ御安心下さいますように。さようなら、御機嫌よう」
 こう云ううちに王子は、塔の床の上に手を突いて、涙を流しながらお暇乞《いとまご》いをしました。
 オシャベリ姫もだまって涙をこぼしながら、手を突いてお暇乞いをしました。
 そうして二人は落下傘《パラシュート》の紐をしっかりと掴んで、塔の上から下を目がけて飛び降りました。
 二人の身体《
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