あまり涙を流したものもありました。
 このとき、ルルは鐘つき堂の入り口に立って、あまりの嬉しさにブルブルと震えながら両手を顔に当《あて》ておりました。その手を妹のミミがソッと引き寄せて接吻《せっぷん》しました。
 兄妹《きょうだい》は抱き合って喜びました。
「お父様が湖の底から見ていらっしゃるでしょうね」
 けれどもまあ、何という悲しいことでしょう。そうして又、何という不思議なことでしょう。
 お寺のお坊さんの手でルルの作った鐘が鳴らされました時、鐘は初めに只一度|微《かす》かな唸《うな》り声を出しましただけで、それっ切り何ぼたたいても音を立てませんでした。
 ルルは地びたにひれ伏して泣き出しました。ミミもその背中にたおれかかって泣きました。
「これこれ。ルルや、そんなに泣くのじゃない。おまえはまだ小さいのだから、鐘が上手に出来なくてもちっとも恥かしいことはない。ミミももう泣くのをおやめなさい」
 と、いろいろに村の人は兄妹を慰めました。そうして、親切に二人をいたわって家まで送ってやりました。
 ルルは小供ながらも一生懸命で鐘を作ったのでした。
「この鐘こそはきっといい音が出るに違いない。そっとたたいても、たまらないいい音がするのだから。湖の底に沈んでいらっしゃるお父様の耳までもきっと達《とど》くに違いない」
 と思っていたのでした。その鐘が鳴らなかったのですから、ルルは不思議でなりませんでした。
「どうしたら本当に鳴る鐘が作れるのであろう」
 と考えましたが、それもルルにはわかりませんでした。
 ルルは泣いても泣いても尽きない程泣きました。ミミも一所に泣きました。こうして兄妹は泣きながら家《うち》に帰って、泣きながら抱き合って寝床に這入りました。
 その夜《よ》のこと……。ルルはひとりおき上りまして、泣き疲れてスヤスヤ睡《ねむ》っている妹の頬にソッと接吻をして、家《うち》を出ました。只《た》だ一人で湖のふちへ来て、真黒く濁った水の底深く沈んでしまいました。
 村の人が心配していた悲しいことが、とうとう来たのです。ミミは一人ポッチになってしまったのです。
 けれども、ミミはどうしてあの優しい兄さんのルルに別れることが出来ましょう。
 村の人がどんなに親切に慰めても、ミミは只《た》だ泣いてばかりいました。そうして朝から晩まで湖のふちへ来て、死んだ兄さんがもしや浮き上り
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