コードにコビリ付いている血痕の三個所の中心が、完全に重なり合う処まで来ると、緊張した表情のまま検事をかえりみた。
「……この犯人は、やはり小男ですね。このコードの折曲りを起点とした力の入れ工合を見ると、肩幅が普通人よりも狭いようです。東作老人もロスコー氏も肩幅が並外れて広いのですからね。ほかの西洋人は勿論のこと、日本人でもコンナに狭いのは先ず珍らしいでしょう」
「どうして麻酔剤を使わなかったでしょうか」
 と蒲生検事が質問した。犬田博士は苦笑しいしい顔を掻いた。
「さあ。その点は私にもわかりませんがね。恐らくこの事件の中では一番デリケートなところでしょう」
 それから犬田博士は寝台の上にかけて在った羽根布団をめくってシーツの表面に残る隈なく拡大鏡を当てがってみた後に、署長と、検事、判事、司法主任を招き寄せた。ズボンのポケットから洋服屋が使うチャコを抓《つま》み出して、四人の眼の前のシーツの上に大きな曲線を描き初めた。
「御覧なさい。ここがマリイ夫人の頸部に当る処です。口から腮《あご》へ伝わった血液がここに泌み付いております。それからこの黄色の斑紋は死後に放尿した処で、この二個所を基点と
前へ 次へ
全58ページ中47ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング