のは、タヨリにして御座った奥さんがなくなられたのを心から力落しなすったせいだろうと思いますが、飛んだ事になりまして……何もかも私がウッカリ致しておりましたために、取返しの附かぬ事になってしまいまして、先代のロスコー様に合わせる顔も御座いません。
 ただ一つ不思議なのはあの晩が月夜だった事で御座います。あの時には旦那方から『月が出ている筈はない』とヒドクお叱りを受けましたが、それから後、この留置所へブチ込まれまして、窓の眼隠し越しの三日月様を見て、指を折ってみますと、たしかにあの晩は闇夜だった筈なんで……ところが又、あの晩に私があの松原の中で、松の葉越しにマン円《まる》いギラギラ光るお月様を見ました事も間違い御座いませんので、それが夢でない証拠には、私のような老人が、あの真暗闇の松原の中を何にも引っかからずに通り抜けて、あの危なっかしい岩山の絶頂に登って寝ていたので御座いますからね。飲みさしの燗瓶もそこにちゃんと立っていたのですから月あかりを便りにした事は間違いないと思いますので……こればっかりは不思議で不思議で仕様がないので御座います。
 いいえ。どう致しまして。この年になるまで寝呆《
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