わからなくて仕合わせ。一々鑑定が出来たら肝を潰すであろう。頼うだ御方はしきりに質問しては感心して御座るが、その説明を聞いても格別わからないのだから少々情ないような気にもなった。
「イヤ。この頃の西洋人の日本研究と来たらトテモ大したものでげすよ。この家へ来られる人達でも西洋人の方が畳の上へ上って坐りたがる。日本人の方が土間の椅子に足を伸ばして葉巻を吹かしたがるようなありさまで、話がアベコベでさ。ハハハハ。横浜へ行ってみると西洋人が裃を着て、片手に豆の桝を抱え込んで『フクワアウチ……オニワアソト』ってんで気でも違ったのかと思って聞いてみると、これがヤッパリその日本研究なんだそうで、イヤまったく面白い世の中になりましたよ。ワハハハ」
なぞ言う無邪気な主人翁の愛嬌話のうちにお茶席に案内をされて、名にのみ聞きし懐石なるものが出た。内心恐れをなしながらよく見ると、これも主人翁の心配りであったろうか。普通の御飯に相違ない事が筆者にもハッキリとわかったので大いに安心して大いに面喰らった。主人翁御自慢の高梁《こうりゃん》パンも非常に美味しく頂戴した。それに続いて五分|搗《つき》米飯。わけぎ味噌汁。もやし和《あえ》もの。白魚白味トジ清汁。亜米利加鱒乾物酢。いずれも誠に少量なのでタッタ一口で片付いたものもある。そのうちにスッカリ満腹して涙ぐんでいる処へ、前記の後半部の献立がアトからアトから出て来るので大いに面喰らった。懐石というものは、こんなに早くお茶を飲んでしまっちゃいけなかったのかとも思い、又は懐石というものは一品も喰い残しちゃいけないものと聞いていたようにも思えて内心すくなからず迷ったが、ともかくも今一度箸を執って無理やりに嚥下してしまった。
それから頼うだお方の手土産を披瀝されたが、そのうちにどこかの干柿があった。それを見た主人翁は、
「御迷惑か知らぬが、この柿を見ちゃ一服頂戴せずにはおれぬ」
と言うので、手をたたくと次の間から盛装した振袖の美人が現われて、吾々三人に向って両手を支いて淑やかに一礼した。干柿なんて全く余計なものを持って来たものだと、内心怨めしく思っているうちにモウ釜の前で勿体らしいお手前が始まった。頼うだ人が、
「薄茶を……」
と所望したのでその薄茶なるものが一人一人に運ばれたが、主人翁を入れてほかの三人は二杯ずつ飲んだけれども、筆者は頭を左右に振って御免
前へ
次へ
全3ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング