一人の子供が女房の腹の中に居るようす……。
 巡査は変な気持ちになって帳面を仕舞《しま》いながら、
「フーム。まだほかに子供は無いか」
 と尋ねると、夫婦は忽ち真青になってひれ俯した。
「実は四人ほど堕胎《おろ》しましたので……喰うに困りまして……どうぞ御勘弁を――」
 巡査は驚いて又帳面を引き出した。
「ウーム不都合じゃないか。何故そんな勿体ないことをする」
 というと、青くなっていた亭主が、今度はニタニタ笑い出した。
「ヘヘヘヘヘヘ。それほどでも御座いません。酒さえ飲めばいくらでも出来ますので……」
 巡査は気味がわるくなって逃げるようにこの家《うち》を飛び出した。
「この事を本署に報告しましたら古参の巡査から笑われましたヨ。何でも堕胎罪で二度ほど処刑されている評判の夫婦だそうです。二人とも揃って低能らしいので、誰も相手にしなくなっていたのだそうです」
 と、その巡査の話。

     汽車の実力試験

「この石を線路に置いたら、汽車が引っくり返るか返らないか」
「馬鹿な……それ位の石はハネ飛ばして行くにきまっとる」
「インニャ……引き割って行くじゃろうて……」
「論より証拠やってみい」
「よし来た」
 間もなく来かかった列車は、轟然《ごうぜん》たる音響と共に、その石を粉砕して停車した。見物していた三人の青年は驚いて逃げ出した。
 あくる朝三人が、村の床屋で落ち合ってこんな話をした。
「昨日《きのう》は恐ろしかったな。あんまり大きな音がしたもんで、おらあ引っくり返ったかと思うたぞ」
「ナアニ。機関車は全部鉄造りじゃけにな。あんげな石ぐらい屁《へ》でもなかろ」
「しかし、引き砕いてから停まったのは何故じゃろか。車の歯でも欠けたと思ったんかな」
「ナアニ。人を轢《ひ》いたと思ったんじゃろ」
 こうした話を、頭を刈らせながらきいていた一人の男は、列車妨害の犯人捜索に来ていた刑事だったので、すぐに三人を本署へ引っぱって行った。
 その中の一人は署長の前でふるえながらこう白状した。
「三人の中で石を置いたのは私で御座います。けれどもはね飛ばしてゆくとばかり思うておりましたので……罪は一番軽いので……」
 と云い終らぬうちに巡査から横面《よこつら》を喰《くら》わせられた。
 三人は同罪になった。

     スットントン

 漁師の一人娘で生れつきの盲目《めくら》が居た。色白の丸ポチャで、三味線なら何でも弾《ひ》くのが自慢だったので、方々の寄り合い事に、芸者代りに雇われて重宝がられていた。
 ある時、近くの村の青年の寄り合いに雇われたが、案内に来た青年は馬方《うまかた》で、馬力《ばりき》の荷物のうしろの方に空所《あき》を作って、そこに座布団を敷いて、三味線と、下駄を抱えた女を乗せると、最新流行のスットントン節を唄いながら、白昼の国道を引いて行った。
 ところがその馬力が、正午《ひる》過ぎに村へ帰りつくと、荷物のうしろには座布団だけしか残っていないことが発見されたので、忽ち大騒ぎになった。
「途中の松原で畜生が小便した時までは、たしかに女が坐っておった」
 という馬方の言葉をたよりに、村中総出でそこいらの沿道を探しまわったが、それらしい影も無い。村長や、区長や、校長先生や巡査が青年会場に集まって、いろいろに首をひねったけれども、第一、居なくなった原因からしてわからなかった。
 結局、娘の親たちへ知らせなければなるまい……というので、とりあえず青年会員が二人、娘のうちへ自転車を乗りつけると、晴れ着をホコリダラケにしたその娘が、おやじに引き据えられて、泣きながら打《ぶ》たれている。
 二人の青年は顔を見合わせたが、ともかくも飛び込んで押し止めて、
「これはどうした訳ですか」
 と尋ねると、おやじは面目なさそうに頭を掻いた。
「ナアニ。こいつがこの頃|流行《はや》るスットントンという歌を知らんちうて逃げて帰って来たもんですけに……どうも申訳ありませんで……」
 二人の青年はいよいよ訳がわからなくなった。そこで、なおよく事情をきいてみると、最前女を馬力に乗せて引いて行った青年が、途中でスットントン節をくり返しくり返し唄った。それは娘に初耳であったので、先方《さき》で弾かせられては大変と思って、一生懸命に耳を澄ましたが、あいにくその青年が調子外れ(音痴)だったので、歌の節が一々変テコに脱線して、本当の事がよくわからない。これではとても記憶《おぼ》えられぬと思うと、女心のせつなさに、下駄と三味線を両手に持って、死ぬる思いで馬力から飛び降りて逃げ帰ったものと知れた。
 青年の一人はこの話をきくと非常に感心したらしく、勢い込んで云った。
「実に立派な心がけです。しかし心配することはない。私たちと一緒に来なさい。これから夜通しがかりで青年会をやり直します
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