。歌は途中で私が唄ってきかせます」

     花嫁の舌喰い

 一部落|挙《こぞ》って、不動様を信心していた。
 その中で、夫婦と子供三人の一家が夕食の最中に、主人が箸《はし》をガラリと投げ出して、
「タッタ今おれに不動様が乗り移った」
 と云いつつ凄い顔をして坐り直した。お神《かみ》さんは慌てて畳の上にひれ伏した。ビックリして泣き出した三人の子供も、叱りつけて拝ました。
 この噂《うわさ》が伝わると、そこいらじゅうの信心家が、あとからあとから押しかけて来て「お不動様」の御利益《ごりやく》にあずかろうとしたので、家の中は夜通し寝ることも出来ないようになった。
 そのまん中に、木綿の紋付き羽織を引っかけた不動様が坐って、恐ろしい顔で睨みまわしていたが、やがて、うしろの方に坐っている、紅化粧した別嬪《べっぴん》をさし招いた。その女は二三日前近所へ嫁入って来たものであった。
「もそっと前へ出ろ。出て来ぬと金縛りに合わせるぞ。ズッと私の前に来い。怖がる事はない。罪を浄めてやるのだ。サアよいか。お前は前の生《しょう》に恐ろしい罪を重ねている。その罪を浄めてやるから舌を出せ。もそっと出せ。出さぬと金縛りだぞ……そうだそうだ……」
 こう云いつつその舌に顔をさし寄せて、ジッと睨んでいた不動様は、不意にパクリとその舌を頬張ると、ズルリズルリとシャブリ初めた。
 女は衆人環視の中で舌をさし出したまま、眼を閉じてブルブルふるえていた。すると不動様は何と思ったか突然に、その舌を根元からプッツリと噛み切って、グルグルと嚥《の》み込んでしまった。
 女は悶絶したまま息が絶えた。
 あとで町から医者や役人が来て取調べた結果、不動様の脳髄がずっと前から梅毒に犯されていることがわかった。
 この事実がわかると、その村の不動様信心がその後パッタリと止んだ。不動様を信仰すると梅毒になるというので……。

     感違いの感違い

 駐在巡査が夜ふけて線路の下の国道を通りかかると、頬冠《ほおかぶ》りをした大男が、ガードの上をスタスタと渡って行く。何者だろう……とフト立ち停まると、その男が一生懸命に逃げ出したので、巡査も一生懸命に追跡を初めた。
 やがてその男が村の中の、とある物置へ逃げ込んだので、すぐに踏み込んで引きずり出してみると、それは村一番の正直者で、自分の家の物置に逃げ込んだものであることが
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