を立てて怒鳴った。
「……エエわからん……まっとハッキリ云え……ナニイ……あの別荘の奴等がか……ウンウン……あの赤い鳥にバカタレと云わせたんか……ウンウン……それに違いないナ」
 横に立っていた小さい児も、指を啣《くわ》えたまま、大きい児と一緒にうなずいた。
「……ヨシッ……わかった……泣くな泣くな……畜生めら……そんな了簡《りょうけん》で、あの赤い鳥を連れて来腐《きくさ》ったんだナ……ヨシッ……二人とも一緒に来い……」
 と云うより早く網を押しわけて別荘の方へ駈け出した。
 しかし裏口から赤煉瓦の中へ這入ってみると、別荘の中はガランとしていて、人の気はいもなかった。ただ表の植込みから蝉《せみ》の声が降るように聞こえて来るばかりなので、桃の刺青はチョッと張り合いが抜けた体《てい》であったが、そのうちに小松の蔭に吊してある、青塗りに金縁《きんぶち》の籠を見付けると、又急に元気附いた。
「コン畜生……ひねり殺してくれる」
 と独言《ひとりごと》を云い云い籠の口を開けて、黒光りに光る手首をグッと突込んだ。
 赤い鳥は驚いた。バタバタと羽根を散らして上の方へ飛び退《の》いたが、なおも真黒い手が掴みかかって来るのを見ると、その手の甲へ勇敢に逆襲して、死に物狂いに喰い附いた。
「アッ……テテッ……テテェテテェテテェッ……」
 桃の刺青も一生懸命になった。深く刺さった鈎型《かぎがた》の嘴《くちばし》を一気に引き離すと、黒血のしたたる手首を無我夢中にふりまわしたが、そのはずみに籠の底が脱けてバッタリ落ちたので、赤い鳥は得たりとばかり外へ飛び出して、見る見るうちに遠い松原の中に逃げ込んでしまった。

「……君は一体何をするんだ……」
 鳥のあとを逐《お》うて二三歩馳け出したまま、ボンヤリと焼け砂の上に突立っていた桃の刺青は、突然にうしろから怒鳴り付けられたのでビックリして振り返った。見ると浴衣がけの若大将が湯上りの身体《からだ》をテラテラ光らせながら、小さな眼を光らして縁側に突立っていた。そのうしろから寝巻をしどけなく着た奥さんが、咽喉《のど》をピクピクさして泣きじゃくりながら、帯を捲き付け捲き付け出て来る模様であった。
「……二百円もする鳥を何で逃がした……うちの家内が吾《わ》が児《こ》のようにしていたものを……」
 若奥さんは帯を半分捲き付けたままベタリと縁側に坐った。ワーッ……
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