敗談で、手先の器用な日本人だったら、あんなヘマな事をする気遣《きづか》いはありませんよ。サア、御心配なく口を開いて……もっと上を向いて……そうそう……」
食道鏡が突き込まれると、松浦先生は天井を仰いだまま、開口器を噛み砕くかと思うほど苦悶し初めた。大粒の涙をポトポト落しながら、青くなり、又赤くなったが、そんなにして残りなく調べてもらっても、骨らしいものはどこにも見つからなかった。
しかし、それでも唾を飲み込んでみると、痛いのは相変らず痛いというので、思い切って今一度|診《み》てもらいたいと云い出した。遠藤博士も苦笑しいしい、今一度食道鏡を突込んだ。
こうして、三度までくり返したけれども、骨は依然として見付からない。しかし痛い処はやはり痛いというので、流石《さすが》の遠藤博士も持て余したらしく、懇意なX光線の専門家に紹介してやるから、そこで探してもらったらよかろう……と云って名刺を一枚渡した。
X光線によって照し出された鯛の骨の在所《ありか》を、正面と、横からと、二枚の図に写してもらった松浦先生は、又も遠藤博士の処に引返して来たが、博士はたった今急患を往診に出かけたというので、今度は町外れに在る大学の耳鼻科に駈け込んだ。
そこには若い医員が一パイに並んで診察をしていたが、その中の一人が、松浦先生の話をきくと、X光線の図には一瞥《いちべつ》だも与えないで冷笑した。
「……馬鹿な……そんな小さな骨がX光線《レントゲン》に感じた例はまだ聞きません。こちらへお出でなさい。とにかく診《み》てあげますから」
といううちに松浦先生を別室に連れて行って、又も奇妙な、恐ろしい形の椅子に腰をかけさせた。しかしその時には松浦先生の食道が、一面に腫《は》れ爛《ただ》れて、食道鏡が一寸|触《さわ》っても悲鳴をあげる位になっていたので、若い医員はスコポラミンの注射をしてから食道鏡を入れた。
けれども、ここで又三回ほど食道鏡を出したり入れたりされているうちに、松浦先生はもうフラフラになってしまった。
「もう結構です。骨が取れましたせいか、痛みがわからなくなりましたようで……その代り何だか眼がまわりますようで……」
「それじゃ、このベッドの上で暫く休んでからお帰りなさい。注射が利いているうちは眼がまわりますから」
と云い棄てて、若い医員は立ち去った。
松浦先生は……しかしベースボ
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