ていた女たちの中《うち》には、気持ちがわるくなったと云って水を飲みに行ったものもあった。
 それから間もなく件《くだん》の白骨は、キレイに洗い浄められて、古綿を詰めたボールの菓子箱に納まって、文作の家《うち》の仏壇に、女房の位牌《いはい》と並べて飾られた。評判に釣られて見に来る人が多いので、文作の女房の葬式は近頃にない大勢の見送りであった。
 ところが事件はこれで済まなかった。どうも話がおかしいというので、駐在所の旦那が色々と取調べたあげく、一週間ばかりしてから郡の医師会長の学士さんに来てもらって、件《くだん》の白骨を見てもらうと、犬の骨に間違いない……という鑑定だったので又も大評判になった。その結果、あくまでも人間の胎児の骨だと云い張った足萎《あしな》え和尚は、拘留処分を受けることになったが、しかし村の者の大部分は学士さんの鑑定を信じなかった。文作の話をどこまでも本当にして、云い伝え聞き伝えしたので、足萎え和尚を信仰するものが、前よりもズッと殖《ふ》えるようになった。
 文作もその後久しく独身でいるが、誰も恐ろしがって嫁に来るものが無い。

     X光線

 電車会社の大きなベースボールグラウンドが、村外《むらはず》れの松原を切り開いて出来た。その開場式を兼ねた第一回の野球試合の入場券が村中に配られた。おまけにその救護班の主任が、その村の村医で、郡医師会の中《うち》でも一番古参の人格者と呼ばれている、松浦先生に当ったというので、村中の評判は大したものであった。本物のベースボールというものは、戦争みたように恐ろしいもので時々|怪我《けが》人が出来る。救護班というのは、その怪我人を介抱する赤十字みたようなものだ……なぞと真顔になって説明するものさえあった。
 当の本人の松浦先生も、むろんステキに意気込んでいた。当日の朝になると、まだ暗いうちに一帳羅《いっちょうら》のフロックコートを着て、金鎖《きんぐさり》を胸高《むなだか》にかけて、玄関口に寄せかけた新調の自転車をながめながら、ニコニコ然と朝飯の膳に坐ったが、奥さんの心づくしの鯛《たい》の潮煮《うしおに》を美味《うま》そうに突ついているうちに、フト、二三度眼を白黒さした。それから汁椀をソッと置いて、大きな飯の固まりを二ツ三ツ、頬張っては呑み込み呑み込みしたと思うと、真青になってガラリと箸《はし》を投げ出してしまった
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