い横暴な仕うちは、イクラ恨んでも恨み切れません。妾《わたし》はもう我慢出来なくなりましたから、勇作さんと一緒に、どこか遠い所へ行ってスウィートホームを作ります。私たちは当然私たちのものになっている財産の一部を持って行きます。さようなら。どうぞ幸福に暮して下さい。
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月 日
[#地から3字上げ]勇作
[#地から3字上げ]妻加代
母上様
それでは後家さんはどこへ行ったのだろうと、家中を探しまわると、物置の梁《はり》から、半腐りの縊死体《いしたい》となってブラ下っているのが発見された。その足下にはボロ切れに包んだ古鍋が投げ棄ててあった。
模範兵士
御維新後、煉瓦《れんが》焼きが流行《はや》った際に、村から半道ばかり上《かみ》の川添いの赤土山を、村の名主どんが半分ばかり切り取って売ってしまった。そのあとの雑木林の中から清水が湧くのを中心にして、いつからともなく乞食の部落が出来ているのを、村の者は単に川上川上と呼んでいた。
部落といっても、見すぼらしい蒲鉾小舎《かまぼこごや》が、四ツ五ツ固まっているきりであったが、それでも郵便や為替《かわせ》も来るし、越中富山の薬売りも立ち寄る。それに又この頃は、日ごとに軍服|厳《いか》めしい兵隊さんが帰省して来るというので、急に村の注意を惹き出した。何でも立派な身分の人の成《な》れの果《はて》が隠れているらしいという噂であった。
その兵隊さんというのは、郵便局員の話によると西村さんというので、眼鼻立ちのパッチリした、活動役者のように優しい青年であるが、この部落の仲間では新米らしく、すこし離れた所に蒲鉾小舎を作って、その中に床に就いたままの女を一人|匿《かく》まっている。その女の顔はよくわからないが年の頃は四十ばかりで、気味の悪いほど色の白い上品な顔で、西村さんがお土産《みやげ》をさし出すと、両手を合わせて泣きながら受け取っているのを見た……と……これは村の子守《こもり》たちの話であった。
それから後《のち》西村さんの評判は、だんだん高くなるばかりであった。その女は西村さんの何であろうか……と噂が取り取りであったが、そのうちに、村でたった一軒だけ荒物屋に配達されている新聞に、西村さんの事が大きく写真入りで出た。
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――西村二等卒は元来、東北の財産家の一人息
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