た二人切りで、家倉《いえくら》の立ち並んだ大きな家に住んでいた。しかし娘のお加代というのは死んだ親爺《おやじ》似かして、母親とは正反対の優しい物ごしで、色が幽霊のように白くて、縫物が上手という評判であった。
 そのお加代のところへ、隣り村の畳屋の次男坊で、中学まで行った勇作というのが、この頃毎晩のように通って来るというので、兼ねてからお加代に思いをかけていた村の青年たちが非常に憤慨して、寄り寄り相談を初めた。そのあげく五月雨《さみだれ》の降る或る夕方のこと、手に手に棒千切《ぼうちぎり》を持った十四五人が「金貸し後家」の家《うち》のまわりを取り囲むと、強がりの青年が三人代表となって中に這入《はい》って、後家さんに直接談判を開始した。
「今夜この家に、隣り村の勇作が這入ったのを慥《たし》かに見届けた。尋常に引渡せばよし、あいまいな事を云うなら踏み込んで家探しをするぞ……」
 という風に……。
 奥から出て来た後家さんは、浴衣《ゆかた》を両方の肩へまくり上げて、黒光りする右の手でランプを……左手に団扇《うちわ》を持っていたが、上《あが》り框《かまち》に仁王立ちに突立ったまま、平気の平左で三人の青年を見下した。
「アイヨ……来ていることは間違いないよ……だけんど……それを引渡せばどうなるんだえ」
「半殺しにして仕舞うのだ。この村の娘には、ほかの村の奴の指一本|指《さ》させないのが、昔からの仕来《しきた》りだ。お前さんも知っているだろう」
「アイヨ……知っているよ。それ位の事は……ホホホホホ。けれどそれはホントにお生憎《あいにく》だったネエ。そんな用なら黙ってお帰り!」
「ナニッ……何だと……」
「何でもないよ、勇作さんは私の娘の処へ通っているのじゃないよ」
「嘘を吐《つ》け。それでなくて何で毎晩この家《うち》に……」
「ヘヘヘヘヘ。妾《わたし》が用があるから呼びつけているのさ……」
「エッ……お前さんが……」
「そうだよ。ヘヘヘヘヘ。大事な用があってね……」
「……そ……その用事というのは……」
「それは云うに云われぬ用事だよ……けんど……いずれそのうちにはわかる事だよ……ヘッヘッヘッヘッ」
 青年たちは顔を見合わせた。白い歯を剥《む》き出してニタニタ笑っているアバタ面《づら》を見ているうちに、皆気味がわるくなったらしかったが、やがてその中の一人が勿体らしく、咳払いをした。
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