害も無く、夜明け方に鎮火した。火元は無論その蒲鉾小舎で、二軒とも引き崩して積み重ねて焼いたらしい灰の下から、半焼けの女房の絞殺屍体と、その下の土饅頭《どまんじゅう》みたようなものの中から、半分骸骨になったチョンガレの屍体があらわれた。しかもそのチョンガレの頭蓋骨が掘り出されると、噛み締めた白い歯が自然と開《あ》いて、中から使いさしの猫イラズのチューブがコロガリ出たので皆ゾッとさせられた。

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 鎮守の森の入口に、村の共同浴場と、青年会の道場が並んで建っていた。夏になるとその辺で、撃剣の稽古を済ました青年たちが、歌を唄ったり、湯の中で騒ぎまわったりする声が、毎晩のように田圃越《たんぼご》しの本村《ほんむら》まで聞こえた。
 ところが或る晩の十時過の事。お面《めん》お籠手《こて》の声が止むと間もなく、道場の電燈がフッと消えて人声一つしなくなった。……と思うとそれから暫くして、提灯《ちょうちん》の光りが一つ森の奥からあらわれて、共同浴場の方に近づいて来た。
「来たぞ来たぞ」「シッシッ聞こえるぞ」「ナアニ大丈夫だ。相手は耳が遠いから……」
 といったような囁きが浴場の周囲の物蔭から聞こえた。ピシャリと蚊をたたく音だの、ヒッヒッと忍び笑いをする声だのが続いて起って、又消えた。
 提灯の主は元五郎といって、この道場と浴場の番人と、それから役場の使い番という三ツの役目を村から受け持たせられて、森の奥の廃屋《あばらや》に住んでいる親爺《おやじ》で、年の頃はもう六十四五であったろうか。それが天にも地にもたった一人の身よりである、お八重《やえ》という白痴の娘を連れて、仕舞湯《しまいゆ》に入りに来たのであった。
 親爺は湯殿に這入ると、天井からブラ下がっている針金を探って、今日買って来たばかりの五|分心《ぶしん》の石油ラムプを吊して火を灯《つ》けた。それから提灯を消して傍の壁にかけて、ボロボロ浴衣《ゆかた》を脱ぐと、くの字なりに歪《ゆが》んだ右足に、黒い膏薬《こうやく》をベタベタと貼りつけたのを、さも痛そうにラムプの下に突き出して撫でまわした。
 その横で今年十八になったばかりのお八重も着物を脱いだが、村一等の別嬪《べっぴん》という評判だけに美しいには美しかった。しかし、どうしたわけか、その下腹が、奇妙な恰好にムックリと膨らんでいるために、親爺の曲りくねった足と並んで、
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