たところが留守だとわかりましたので……」
「それからどうしたか」
 と巡査は鉛筆を嘗《な》めながら尋ねた。皆はシンとなった。
「それで台所から忍び込みますと、ラムプを探り当てましたので、その石油を撒いて火をつけましたが、思いがけなく、うしろの方からも火が燃え出して熱くなりましたので、うろたえまして……雨戸は閉まっておりますし、出口の方角はわからず……」
 きいていた連中がゲラゲラ笑い出したので、按摩は不平らしく白い眼を剥《む》いて睨みまわした。巡査も吹き出しそうになりながら、ヤケに鉛筆を舐《な》めまわした。
「よしよし。わかっとるわかっとる。ところで、どういうわけで火を放《つ》けたんか」
「ヘエ。それはあの後家めが」
 と按摩は又、そこいらを睨みまわしつつ、土の上で一膝進めた。
「あの後家めが、私に肩を揉《も》ませるたんびに、変なことを云いかけるので御座います。そうしてイザとなると手ひどく振りますので、その返報に……」
「イイエ、違います。まるでウラハラです……」
 と群集のうしろから後家さんが叫び出した。
 みんなドッと吹き出した。巡査も思わず吹き出した。しまいには按摩までが一緒に腹を抱えた。
 その時にやっと後家さんは、云い損ないに気が付いたらしく、生娘《きむすめ》のように真赤になったが、やがて袖に顔を当てるとワーッと泣き出した。

     夫婦の虚空蔵《こくうぞう》

「あの夫婦は虚空蔵さまの生れがわり……」
 という子守娘の話を、新任の若い駐在巡査がきいて、
「それは何という意味か」
 と問い訊《ただ》してみたら、
「生んだ子をみんな売りこかして、うまいものを喰うて酒を飲まっしゃるから、コクウゾウサマ……」
 と答えた。巡査はその通り手帳につけた。それからその百姓の家《うち》に行って取り調べると、五十ばかりの夫婦が二人とも口を揃えて、
「ハイ。みんな美しい着物を着せてくれる人の処へ行きたいと申しますので……」
 と済まし返っている。
「フーム。それならば売った時の子供の年齢は……」
「ハイ。姉が十四の年で、妹が九つの年。それから男の子を見世物師に売ったのが五つの年で……。ヘエ。証文がどこぞに御座いましたが……間違いは御座いません。ついこの間のことで御座いますから。ヘエ……」
 巡査はこの夫婦が馬鹿ではないかと疑い初めた。しかも、なおよく気をつけてみると、今
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