った。妻木君はホッとため息をした。
「けれどもまあ……何というかわった音色で御座いましょう。そうして又何というお手の冴えよう……私は髪の毛を引き締められるようにゾッと致しましたよ……」
と感激にふるえるような声で云いつつ未亡人は立ち上って洋酒の瓶を仕舞うと又座に帰ったが、やがてふと思い出したように黒い眼で私の顔をジッと見ると、両手を畳に支えて身を退けながらひれ伏した。
「まことに有り難う存じました。私はおかげ様で生れて初めてこの鼓の音色を本当にうかがうことが出来ました。あなた様は正《まさ》しく名人のお血すじをお享《う》け遊ばしたお方に違い御座いません。この上は私も包まずに申し上げます。私こそ……」
と云いさして未亡人は両手の間に頭を一層深く下げた。
「私こそ……今大路の……綾姫の血すじを……受けましたもので御座います」
「アッ」
と私は思わず声を立てて妻木君をかえり見た。しかし妻木君は知っているのかいないのかジッと未亡人の水々しい丸髷を見下したまま身じろぎ一つしなかった。未亡人は両手の間に顔を埋めたまま言葉を続けた。
「申すもお恥かしい事ばかりで御座いますが、今大路家は御維新後零落致しまして一粒種の私は大阪へある賤《いや》しい稼業に売られようと致しましたのを、こちらの主人に救われましたので御座います。申すまでもなくこの家にこの鼓が……」
とやおら顔を上げて鼓から二人の顔へ眼を移した。曇った顔をして曇った声で云った。
「……この家にこの鼓が御座いますことは、とっくに承わっておりましたが、その鼓に呪われてこのような淋しい身の上になりまして……その上にこのような不思議な……御縁になりましょうとは……」
「わかりました」と私は自分の感情に堪え得ないで、それを打ち切るように云った。
「よくわかりました。サ。お顔をお上げ下さい。つまるところこの三人はこの鼓に呪われたものなのです。呪われてここに集まったものなのです。けれども今日限りその因縁はなくなります。もしあなたがお許し下されば、私はこの鼓を打ち砕いて私たちの先祖の罪と呪いをこの世から消し去ります。そうしてあんな陰気臭い伝説にまつわられない明るい自由な世界に出ようではありませんか」
「ま嬉しい」
と未亡人は涙に濡れた顔を上げて不意に私の手を執って握り締めた。その瞬間私の全身の血は今までとはまるで違っためぐり方をし初め
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