皮と胴でも、性が合わなければなかなか鳴らない。調子皮を貼って性を合わせたにしても、今までとは全く違った音色が出るので、今ここに四ツの皮と胴とがあるとすれば、鳴る鳴らぬに拘《かか》わらず総計で十六通りの音色が出るわけである。鶴原未亡人はそれを知っていて、ふだん胴と皮とをかけ換えているのではないか……。
しかしこの考えが浅墓《あさはか》であることは間もなくわかった。妻木君は私と向い合って坐るとすぐに云った。
「私はこの四つの胴と皮とをいろいろにかけ換えてみました。けれどもどれもうまく合いませんでやっぱりもとの通りが一番いい事になります」
「つまりこの通りなんですね」
「そうです」
「みんなよく鳴りますか」
「ええ。みんな伯母が自慢のものです。胴の模様もこの通り春の桜、夏の波、秋の紅葉《もみじ》、冬の雪となっていて、その時候に打つと特別によく鳴るのです。打って御覧なさい」
「伯母さまがお帰りになりはしませんか」
「大丈夫です。今三時ですから。帰るのはいつも五時か六時頃です」
「じゃ御免下さい」と一礼して羽織を脱いだ。妻木君も居住居《いずまい》を直した。
私は手近の松に雪の模様の鼓から順々に打って行ったが、九段にいる時と違って一パイに出す調子を妻木君は身じろぎもせずに聞いてくれた。
「結構なものばかりですね」
と御挨拶なしに賞めつつ私は秋の鼓、夏の鼓と打って来て、最後に桜の模様の鼓を取り上げたが、その時何となく胸がドキンとした。ほかの鼓の胴は皆塗りが古いのに、この胴だけは新らしかった。大方この鼓だけ蒔絵《まきえ》の模様が時候と合わないために、春の模様に塗りかえさしたものであろうが、その前の模様はもしや「宝づくし」ではなかったろうか。
私はまだ打たぬうちに妻木君に問うた。
「この鼓はいつ頃お求めになったのでしょうか」
「サア。よく知りませんが」
「ちょっと胴を拝見してもいいでしょうか」
「エエ。どうぞ」と妻木君は変にカスレた声で云った。
私は黄色くなりかけている古ぼけた調緒《しらべ》をゆるめて胴を外《はず》して、乳袋《ちぶくろ》の内側を一眼見るとハッと息を詰めた。
久能張《くのうば》りのサミダレになった鉋目《かんなめ》がまだ新しく見える胴の内側には、蛇の鱗ソックリに綾取った赤樫の木目が目を刺すようにイライラと顕《あら》われていたからである。私の両手は本物の蛇を掴ん
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