もの、室《へや》の隅の電気ストーブ、向うの窓際の大きな長椅子、天井から下った切り子細工の電燈の笠――。
妻木君はその中に這入って先ず化粧台の下からあらため初めた。しかし私はその時鼓を探すということよりもかなり年増になっている筈の鶴原未亡人が、こんな女優のいそうな室でお化粧をしている気持ちを考えながら眼を丸くしていた。
「この室も不思議なことはないんです」
と妻木君は私の顔を見い見い微笑して扉《ドア》を閉じた。そうして次に今一つある西洋間の青い扉《ドア》の前を素通りにして一番向うの廊下の端にある日本間の障子に手をかけた。
「この室は……」と私は立ち止まって青い扉《ドア》を指した。
「その室は問題じゃないんです。一面にタタキになって真中に鉄の寝台が一つあるきりです。問題じゃありません」
と妻木君は何だかイマイマしいような口つきで云った。
「ヘエ……」
と云いながら私はわれ知らず鍵穴に眼を近づけて内部《なか》をのぞいた。
青黒く地並になった漆喰《しっくい》の床と白い古びた土壁が向うに見える。あかり窓はずっと左の方に小さいのがあるらしく、その陰気で淋しいことまるで貧乏病院の手術室である。隣の化粧室と比べるととても同じ家の中に並んで在る室とは思えない。
「その室に僕は毎晩寝るのです。監獄みたいでしょう」
妻木君は冷笑《あざわら》っているらしかったが、その時は私の眼に妙なものが見えた。それは正面の壁にかかっている一本の短かい革製の鞭で、初め私は壁の汚染《しみ》かと思っていたものだった。
「その室で伯父《おじ》は死んだのです。」
という声がうしろから聞こえると同時に私はゾッとして鍵穴から眼を退《の》けた。同時に妻木君の顔一面に浮んだ青白い笑いを見ると身体《からだ》がシャンと固《こわ》ばるように感じた。むろん今の鞭の事なぞ尋ねる勇気はなかった。
「こっちへお這入りなさい。この室で伯母は鼓を打つらしいのです」
私はほっと溜め息をして奥の座敷に這入った――この家《うち》にはこれ切りしか室がないのだ――と思いながら……。
奥の一室《ひとま》の新しい畳を踏むと、私は今まで張り詰めていた気分が見る見る弛《ゆる》んで来るように思った。
青々とした八畳敷の向うに月見窓がある。外には梅でも植えてありそうに見える。
その下に脚の細い黒塗りの机があって、草色の座布団と華奢《きゃ
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