にも、掛時計のかっちかっちいう音にさえも、私たちはびくびくした。私たちの耳には、近づいて来る跫音《あしおと》が四辺に頻りにどかどか聞えるような気がした。談話室《パーラー》の床《ゆか》に倒れている船長の死体やら、あのいやらしい盲乞食がすぐ近くにうろついていて今にも帰って来そうなことを思うやらで、私は恐しくて身の毛のよだつ時があった。何とか速くきめなければならなかった。そして私たちはとうとう、二人一緒に出かけて隣村《となりむら》へ行って助けを求めようという考えが思いついた。言うが早いかやり出した。帽子もかぶらないままで、私たちは直ちに、迫って来る夕闇の霜寒の霧の中へ駆け出した。
 その村というのは、次の入江の向側にあって、こちらから見えはしないが、何百ヤードも離れていなかった。それに大層心強かったのは、例の盲人がやって来た方、また恐らく帰って行った方とは、反対の方角にあったことだった。私たちはそう永くは街道にいなかったのだが、それでも時々立ち止って互に縋《すが》り合い耳をすました。しかし何も変った音はしなかった。――ただ、岸に打ち寄せる漣《さざなみ》の低い音と、森で鴉がかあかあ鳴く声だけだ
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