った。「己の仲間のビルのことなら船長と言われもするだろうな。あいつは片頬に切傷《きりきず》がある。そしてなかなか面白《おもしれ》えとこがあるよ、ことに酔っ払うとだ、ビルの奴はね。まあ証拠として申し上げようかな。その船長という男にゃ片頬に切傷がある、――そしてお望みとあれば言うが、それぁ右の頬だ。ああ、それ御覧、言いあてたろう。ところで、己の仲間のビルはこの家《うち》にいるかね?」
 私はその人は散歩に出ていると言った。
「どっちの方だ、坊や? どっちの方へ行っているんだい?」
 で、私が例の岩を指し、あの方から帰って来そうで、もう間もなく帰るだろうと言い、その他二三の問に答えると、その男は言った。「ああ、ビルの奴にゃ己に逢うなあ飲むのと同じくれえ嬉しいだろうな。」
 この言葉を言った時の彼の顔付はちっとも愉快そうではなかった。また、彼が言った通りのことを思っているとしたところで、この男は考え違いをしているのだと思う理由が私にはあった。しかし何も自分の知ったことではない、と私は思った。それにまた、どうしていいかもわからなかった。その他所《よそ》の男は宿屋の戸口のすぐ内側のところをうろつい
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