さわ》ると金《かね》の音のじゃらじゃらするズックの嚢だった。
「あの悪者たちに私が正直な女だということを見せてやろう。」と母が言った。「私は自分の貰わなきゃならない分だけは貰うが、一文だって余計にゃ取らないよ。クロスリーさんのおかみさんの嚢を持っていておくれ。」そして母は船長の勘定高をその海員の嚢から私の持っている嚢の中へと数えて入れ始めた。
 それはなかなか永くかかる面倒な仕事だった。なぜなら、その貨幣はいろいろの国のさまざまの大きさのもので、――ダブルーン金貨や、ルイドール金貨や、ギニー金貨や、八銀貨や、その他私の知らないものなどが、みんなめちゃくちゃに詰め込んであったのだから。それにまた、ギニー金貨がほとんど一番少く、母に勘定の出来るのはそのギニー金貨だけなのであった。(註一九)
 私たちが半分ばかり数えた時、私は突然母の腕に手をかけた。しいんとした霜寒の空気の中に、私をぎょっとさせた音を聞いたからである。――冱《い》てついた街道をあの盲人の杖がこつ、こつ、こつと叩く音だ。私たちが息を殺して坐っている間に、その音はだんだんだんだんと近づいて来た。やがて杖で宿屋の入口の扉を強く敲いた。それから把手《とって》を※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]す音が聞え、あの盲人めが入ろうとするのであろう、閂ががたがたいうのが聞えた。それから永い間、内も外もひっそりしていた。とうとう、また、こつ、こつと杖の音がし始めて、ゆっくりと再び微かになってゆき、ついに聞えなくなったので、私たちは言うに言われぬくらい喜び、また有難く思った。
「お母さん、みんな持って逃げて行きましょうよ。」と私が言った。きっと、扉に閂がさしてあるのが怪しいと思われて、面倒を惹き起すに違いないと思ったからである。もっとも、その閂をさしておいたことを私がどんなに有難く思ったかは、あの恐しい盲人に逢ったことのない人には到底わからないのであるが?
 しかし母は、怖がってはいる癖に、自分の当然受取るべき分より少しでもたくさん取ることを承諾しようとせず、またそれより少いのも頑固に承知しなかった。まだなかなか七時にもならない、と母は言った。母は自分の権利を知っていて、それだけを得たいというのだ。そしてなおも私と言い争っていた時に、小さな低い呼子《よびこ》の音が丘の大分離れた処で鳴った。二人ともそれを聞けば十分だった
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