――一挺は前に一挺は後に――吊り下げていた。その上にも彼の奇妙な風体《ふうてい》を完全にするために、フリント船長が彼の肩に棲って意味もない船乗の言葉をいろいろでたらめにべちゃべちゃしゃべり散らしていた。私は腰に綱を巻かれて、船の料理番《コック》の後に従順について行った。彼はその綱の括りつけてない方の端を、時には空《あ》いている方の手で持ち、時には強い歯で啣《くわ》えていた。どう見ても、私はまるで踊り熊という恰好《かっこう》でひっぱられているのであった。
他の人々はいろいろな荷物を背負っていた。或る者は鶴嘴《つるはし》やシャヴェル――それがヒスパニオーラ号から彼等が陸へ持って来た物の中で一番必要な物だったのだから――を持ち、また或る者は昼食の用意に豚肉やパンやブランディーを背負った。こういう食糧が皆もとは味方の貯臓物であったのを私は見て取った。それでシルヴァーが前晩言った言葉のほんとうであることがわかった。もし彼が医師と契約を取極めなかったならば、彼と謀叛人たちとは、船に逃げられたのだから、ただ清水を飲み、狩猟をしてその獲物を食べて、命を繋ぐより他はなかったに違いない。ところが、水はあまり彼等の口に合はないのだし、船乗というものは大抵射撃がうまくない。おまけに、食物がそんなに欠乏している時には、火薬がどっさりあるということはありそうにもなかったのだ。
さて、このように支度して、私たち一同は――確かに日蔭にいなければならぬ例の頭を割った奴までも――出立し、一人一人とばらばらに浜の方へ行って、あの二艘の快艇《ギッグ》のある処へ来た。この快艇までが海賊どもの酔って馬鹿騒ぎをした痕を留めていて、一艘は腰掛梁《こしかけばり》が一つ壊れており、二艘とも泥だらけで淦《あか》もかい出してなかった。安全のために二艘とも持って行くことになった。そこで、人数を二つに分けて、碇泊所の水面に乗り出した。
漕いでゆく間に、海図のことで多少議諭が起った。例の赤い十字記号は、無論、指標としては余りに甚しく大き過ぎたし、それに、裏面の備考の文句も、次に掲げるように、幾分曖昧なところがあった。それは、読者も思い出されるであろうが、こう書いてあったのである。――
[#ここから1字下げ]
「北北東より一ポイント北に位して、遠眼鏡の肩、高い木。
骸骨島東南東微東。
十フィート。」
[#ここで字下げ終わ
前へ
次へ
全206ページ中178ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 直次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング