血の色をちょっと拝見するよ。ジム、」と私に向って、「君は血を見るのが怖《こわ》いかね?」
「いいえ。」と私は答えた。
「よし、では、」と彼が言った。「金盥を持っていてくれ給え。」そう言って彼は刺※[#「月+各」、第3水準1−90−45]針を取って血管を切り開いた(註一五)。
ずいぶんたくさん血が取られてから、船長はやっと眼を開《あ》けてぼんやりとあたりを見※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]した。最初は医師の顔がわかると、紛れもない顰《しか》め面《づら》をした。次に私が目に入ると、ほっとした様子だった。しかし突然顔色が変り、起き上ろうとしながら、叫んだ。――
「黒犬《ブラック・ドッグ》はどこだ?」
「黒犬《ブラック・ドッグ》なんぞはここにはおらんよ、君が自分で背負っている他《ほか》にはな。(註一六)」と医師が言った。
「君は相変らずラムを飲んでいたものだから、中風を起したんだ、私が君に言ってやった通りに。で、私は、ずいぶん厭ではあったが、君を墓から頭を先にしてひきずり出してやったのだ。ところで、ボーンズ君――」
「それぁ俺《わし》の名じゃねえ。」と彼は遮った。
「どうだっていいさ。」と医師が答えた。「私の知合《しりあい》の海賊の名だよ。簡短でいいから君をそう言うことにするのだ。で、君に言っておかねばならんのはこういうことなのだ。ラムの一杯くらいなら君の命を取ることもあるまい。が、一杯やれば、もう一杯、もう一杯とやることになる。で、私は自分の仮髪《かつら》を賭けて言うが、もしお前はぴたりと止《や》めてしまわなければ、きっと死ねぞ、――わかったかね? ――死んで、聖書に書いてあるあの男みたいにお前の往くべき処へ行くんだぞ。(註一七)さあ、さあ、力を出すんだ。今度だけは手伝って寝台《ベッド》までつれて行ってやるよ。」
私たちは、二人がかりで、ひどく骨折って、やっと彼を二階へひっぱり上げ、寝台へ寝かしてやった。すると彼は、ほとんど気絶しているかのように、頭をぐたりと枕に落した。
「さあ、いいかね。」と医師が言った。「これで私は責任をすませたのだ。――ラムということは君には死ということだぜ。」
そう言うと彼は、私の腕を取りながら、父を診察しにそこを去った。
「何でもないことさ。」彼は扉を閉めるや否や言った。「あの男をしばらく静かにしておけるだけの血をぬいてやったの
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