ヴジー先生は気でも違ったんかい?」
「なあに、そんなことはないさ。」と私が言った。「気が違うということになれぁ、この僕たちの中では先生が一番おしまいだよ。僕はそう思うさ。」
「じゃあ、兄弟《きょうでえ》」とグレーが言った。「先生は気が違っていねえんかも知れねえ。だが、あの人[#「あの人」に傍点]の方が気が変になっているのでねえとするとだ、いいかい、このわっし[#「わっし」に傍点]の方が変なのだな。」
「僕はこう思うよ、」と私が答えた。「先生には何か思いつきがあるんだとね。そしてもし僕の思う通りなら、先生は今ベン・ガンに会いにいらしったんだよ。」
後で明白になったことだが、私の思った通りだった。しかし、とかくするうちに、小屋の中は息苦しいまでに暑く、防柵の内側の狭い砂地は真昼の太陽に照りつけられて燃え立っようだったので、私の頭にはまた一つの考えが浮び始めた。それは決してさほど正しい考えではなかった。私に思い浮び始めたというのは、先生を羨むことなのであった。先生は森のひいやりとする樹蔭を歩きながら、周りに鳥の啼くのを聞いたり、松の樹の心地よい香を嗅いだりしているのに、私は、暑さで融けた樹脂《やに》のくっついた衣服を着て、焙《あぶ》られるような思いをしながら坐っていて、自分の周りには血がたくさん流れているし、あたり中に死体がごろごろ横っているので、それを見ていると、この場所がつくづく厭になり、その厭だという気持はほとんどここが恐しいというくらいに強いものだった。
私が丸太小屋を洗い落したり、それから食後の食器を洗って始末している間中、この厭だという気持と羨ましいという気持はますます強くなる一方で、とうとうしまいには、自分がパン嚢のそばにいて、その時だれも私を見ていないのを幸いに、逃げ出す用意の手始めに、上衣の両方のポケットに堅《かた》パンを一杯詰め込んだ。
私は馬鹿だった、と言われても仕方がない。確かに私は馬鹿な大胆過ぎることをやろうとしていたのだ。しかし、自分の出来るだけの用心をしてそれをやる決心だった。それだけの堅パンがあれば、どんなことが起ったにしても、少くとも、次の日のよほど遅くまではひもじい思いをすることはなかったろう。
次に私が身につけたものは一対のピストルであった。そして角《つの》製火薬筒と弾丸とはすでに持っていたので、武器はこれで十分だと思った。
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