うなことが、フランスと似たようなのに恵まれているあらゆる国々にとって常にそうであるように! ――(一例としては)国を売った陽気なステューアト★のあの遺憾な時代のイギリスにとって常にそうであったように。
モンセーニュールは総体から見た公務について一つの真に高貴な意見を持っていた。その意見というのは、一切のものをしてそれ自身の路を進ましめよ、というのであった。箇々の公務については、モンセーニュールはそれとは別のやはり真に高貴な意見を持っていた。それは、一切のものはことごとく彼の路を歩まねばならぬ――彼自身の権力と財嚢とを肥す方へ行かねばならぬ、というのであった。総体から見たものと箇々のものとを含めて彼の快楽については、モンセーニュールはまた別のやはり真に高貴な意見を持っていた。それは、この世は彼の快楽のために造られたのだ、というのであった。彼の法則の本文は(原文とは代名詞一つだけ変っているが、それは大したことではない)こうなっていた。「モンセーニュール曰《い》いけるは、地とこれに盈《み》てる物はわがものなり。★」
それにもかかわらず、モンセーニュールは、卑俗な財政困難ということが彼の公私両方の財政に這い込んでいるのに、ようようにして気がついて来た。それで、彼は、その両方面の財政に関しては、やむをえず収税請負人★と結託したのであった。公の財政に関しては、モンセーニュールはそれを全くどうすることも出来なかったので、それゆえ誰かそれをどうにか出来る者に任《まか》さなければならなかったからであるし、私の財政に関しては、収税請負人は富裕であって、モンセーニュールは代々の非常な奢侈と浪費との結果として貧しくなりつつあったからである。そこで、モンセーニュールは、修道院にいる彼の妹を、彼女が身に著け得る最も廉価な衣装である面紗《ヴェール》をかぶる★のが差迫っているのを断《ことわ》るにまだ時がある間に、そこから連れ戻して、家柄は賤しいがすこぶる富裕な一人の収税請負人に、褒美として彼女を与えたのであった。この収税請負人は、頭部に黄金の林檎のついた身分相応な杖を携えながら、今、外側の室の来客の中にいて、人々に大いに平身低頭されていた。――もっとも、モンセーニュール一門の優秀な人種だけは常にその例外で、その連中は、彼の妻もその中に含めて、最も高慢な侮蔑の念をもって彼を見下《みくだ》していたのである。
その収税請負人は豪奢な男であった。三十頭の馬が彼の厩舎にいたし、二十四人の家僕が彼の広間に控えていたし、六人の侍女が彼の妻に侍していた。掠奪と徴発との出来る限りはひたすらそれをのみやるということを公言している人間として、この収税請負人は、――彼の婚姻関係がいかに社会道徳に貢献するところがあったにしても、――当日モンセーニュールの邸宅に伺候した貴顕縉紳の間にあっては、少くとも最も現実性に富んだ人物であった。
なぜなら、その室にいる者たちは、見た目には美しくて、当代の趣味と技巧とでなし得る限りのあらゆる意匠の装飾で飾られてはいるけれども、実際は、健実な代物ではなかったからである。どこか他の処にいる(そしてそれは、貧富の両極端からほとんど等距離にあるノートル・ダムの展望塔がその両方ともを見られないくらいに遠く隔ってもいない処なのであるが)襤褸《ぼろ》と寝帽《ナイトキャップ》とを著けた案山子《かかし》たちと幾分でも関聯して考えると、その室にいる者たちは極めて気持の悪い代物であったろう、――もしモンセーニュールの邸宅で誰かそういうことを考えてみる人間があったとするならばであるが。軍事上の知識に欠けている陸軍士官たち。船の観念を少しも持っていない海軍士官たち。政務の概念をも持たぬ文官たち。好色な眼をし、放縦な舌でしゃべり、更に放縦な生活をしている、最悪の世俗的な世界の人間である、鉄面皮な僧侶たち。そのすべての者たちは彼等のそれぞれの職務に全然不適当であり、そのすべての者たちがその職務に適しているような風をして恐しい嘘をついているが、しかしそのすべての者たちは近いか遠いかの別はあれモンセーニュールの仲間の者であり、それゆえに何かが得られる限りのあらゆる公職に嵌め込んでもらった者なのである。こういう連中は何十何百とまとめて数えなければならないくらいいたのであった。モンセーニュールや国務とは直接には関係のない、しかしそうかと言って真実な何等かのものにも一切等しく関係のない、あるいは何等かの現世の正しい目的に向って何等かの真直な道を通って旅して過す生涯にも関係のない人々も、それに劣らず夥しかった。ありもせぬ架空の病気に高価な治療を施して大財産をつくった医者どもが、モンセーニュールの控の間《ま》で、彼等の閑雅な患者たちに向ってにこにこと微笑の愛嬌を振り撒いていた。国家を犯している小さな悪弊に対するあらゆる種類の救治策を発見していながら、ただの一つの罪悪でも根絶しようと本気でとりかかるという救治策だけは知らない山師どもが、モンセーニュールの接見会《リセプション》で、人の心を迷わす彼等の譫語《たわごと》を手当り次第の人間の耳に注ぎ込んでいた。言葉で世界を改造している、また天に攀じ登るためのバベルの骨牌《かるた》塔★を築いている不信心な哲学者たちは、モンセーニュールによって招集されたこの驚歎すべき会合で、金属の変質ということに著目している不信心な化学者たちと話をしていた。最上等のお仕込を受けた申分のない紳士たち、この最上等のお仕込なるものは、その注意すべき時代にあっては――かつまたそれ以後今日までもそうであるが――人間的な興味のある自然な問題には一切無関心になるというそれの結果によって識別されることになっていたのであるが、そういう紳士たちは、モンセーニュールの邸宅において、最も模範的な倦怠状態にあった。こういうさまざまな名士たちがパリーという立派な世界で彼等の後に残して来た家庭の有様に至っては、そこに集ったモンセーニュールの信者たちの中にまじっている間諜《スパイ》――それはその優雅な来客の半分ほども占めていたが――でも、その社会の天使たち★の中に、態度や容姿で自分が母であるということを自認しているたった一人の人妻さえ見つけ出すことがむずかしい、ということがわかったほどであったろう。実際、一人の厄介な生物をこの世の中へ生み出すというだけの所業――それだけでは母という名前を事実として示すまでには行っていないのである――を除いては、母などというものは上流社会には知られていないのであった。百姓の女たちが野暮な赤ん坊などというものを傍において、育て上げるのであって、六十歳の婀娜なお婆さんたちは二十歳の時のように盛装し晩餐をとるのであった。
非現実性という癩患がモンセーニュールに伺候するあらゆる人間を醜くしていた。一番外の方の室には、世の中の事態が幾分悪化しつつあるという漠然たる不安を数年前から心の中に抱いていた、半ダースの例外的な人々がいた。その事態を匡正する一つの有望な方法として、その半ダースの人間の中の半分は、痙攣教徒★という奇異な宗派の信者になっていた。そして、その時でさえ、自分たちが、口から泡を出し、暴《あば》れ※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]り、呶鳴り、その場で類癇★に罹って――それによって、モンセーニュールを導くための未来へのすこぶるわかりやすい指道標を建てるのであるが――みせたものかどうかと、心の中で考えているところであった。こういう苦行僧の他《ほか》に、別の宗派へ飛び込んで行った他の三人がいた。その宗派というのは、「真理の中心」がどうのこうのという譫語《たわごと》で事態を矯正しようとするものであった。すなわち、人間は真理の中心から離れてしまっている――それは大して論証を必要としない――が、またその円周の外へは出ていない、だから、人間は、断食することと精霊を見ることとによって、その円周の外へ飛び出さぬようにしていなければならぬし、またその中心へ押し戻されさえしなければならぬ、ということを主張したのであった。従って、こういう連中の間では、精霊との談話が大いに行われ、――そして、それには、決して明瞭になっては来なかったたくさんの御利益《ごりやく》があったのである。
しかし、幾分心の慰めにもなろうというのは、モンセーニュールの大邸宅に集ったすべての来客が一点の欠点もない服装をしていることであった。もしも最後の審判日が盛装|日《デー》であるということが確められさえしたならば、そこに集った者は誰も彼も永遠に正しいものとなれたことであろう。あのように縮らして髪粉をつけてぴんと立てた頭髪や、人工的に保持され修飾されているあのように美しい顔色や、あのように見るも華美な佩剣や、嗅覚に対するあのように鋭敏な配慮をもってすれば、確かにどんなものでもいつまでもいつまでも保たせることが出来るであろう。最上等のお仕込を受けた申分のない紳士たちは、彼等がものうげに動くたびにちりんちりんと鳴る小さな垂れ下っている飾物を身に著けていた。こうした黄金の拘束物は貴金属の小さな鈴のように鳴り響いた。そして、それの鳴り響く音や、絹や金襴や上質の亜麻のさらさら擦れる音などのために、そこの空気の中には、サン・タントワヌと彼のがつがつした飢餓とを遠くへ吹き飛ばしてしまうほどの激動があったのだ。
服装こそはあらゆるものをそれぞれの位置に保たしめるに用いられる唯一の間違いのない護符であり呪文であった。各人は決して終ることのない仮装舞踏会のために衣服を著けているのであった。テュイルリーの宮殿★から、モンセーニュールと全宮廷とを経て、議院や、法廷や、すべての社会(あの案山子たちだけを除いて)を経て、その仮装舞踏会は下賤な死刑執行吏にまで及んだ。その死刑執行吏でさえ、かの呪文に遵って、「頭髪を縮らし、髪粉をつけ、金モールの上衣、扁底靴★、白絹の靴下を著用して」職務を執行せよと命ぜられていたのだ。絞首刑や車輪刑★――斧鉞の刑は稀であった――の時には、ムシュー・パリー★、とムシュー・オルレアンやその他の彼の地方の同業者たちの間では監督派流儀に★彼をそう言ったのであるが、そのムシュー・パリーは、そういう優美な服装で職を司ったものである。そして、そのキリスト紀元千七百八十年にモンセーニュールの接見会《リセプション》に集った賓客たちの中で、頭髪を縮らし、髪粉をつけ、金モール服を著、扁底靴を穿き、白絹靴下を穿いた一校刑史に根ざしたある制度★が、余人ならぬ自分たちの運の星の消えるのを見ることになろうとは、誰がおそらく思ったことであろう!
モンセーニュールは彼の四人の侍者の重荷を卸してやって彼のチョコレートを飲んでしまうと、最も神聖な処の中でも最も神聖な処の扉《ドア》をさっと開かせて、現れ出でた。すると、何という従順、何という阿諛追従、何という卑屈、何というあさましい屈従! 体《からだ》と心との平伏については、その方法ではもう少しも天帝に対してすることが残されていないくらいであった。――それが、モンセーニュールの礼拝者たちが天帝を決して煩わさなかった★いろいろな理由の中の一つであったのかもしれない。
ここでは約束の一言を授け、かしこでは一つの微笑を贈り、一人の幸福な奴隷には一片の耳語を恵み、別の幸福な奴隷には片手の一振りを与えながら、モンセーニュールはにこやかに彼の部屋部屋を通り過ぎて、真理の円周の遠い果《はて》までも行った。そこまで行くと、モンセーニュールはくるりと向を変え、また引返して来て、そうしているうちにしかるべき時がたつと自分を例のチョコレート妖精たちの手によって自分の聖堂の中へ閉じこめさせてしまって、それきり姿を見せなかった。
見世物が終って、そこの空気中の例の激動はほんの小さな嵐になり、例の貴金属の小さな鈴はちりんちりん鳴り響きながら階下へ降りて行った。まもなくすべての群集の中でただ一人の人物だけがそこに残された。その男は、帽子を腕の下に、嗅煙草入れを片手に持ちながら、鏡の間《あいだ》をゆっく
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