て、その火の光に照されながら、食事を待って腰掛けている間、彼は余りじっとしているので、肖像画を描《か》かせるために著席しているのかと思われるくらいであった。
 彼はすこぶるきちんとして几帳面に見え、両膝に手を置き、音の大きな懐中時計は、あたかもかっかと燃えている炉火の軽躁さとうつろいやすさとに自分の荘重さと寿命の永さとを競《きそ》わせるかのように、垂片《たれ》のあるチョッキの下で朗々たる説教をちょきちょきちょきちょきとやっていた。彼は恰好のよい脚をしていて、少しはそれを自慢にしていたらしい。というのは、茶色の靴下はすべすべとぴったり合っていて、地合が上等のものであったし、緊金《しめがね》附きの靴も質素ではあったが小綺麗なものだったから。彼は、頭にごくぴったりくっついている、風変りな小さいつやつやした縮れた亜麻色の仮髪《かつら》をかぶっていた。この仮髪《かつら》は髪の毛で作られたものであろうが、しかしそれよりもまるで絹糸か硝子質の物の繊維で紡いだもののように見えた。彼のシャツ、カラー類は、靴下と釣合うほどの上等なものではなかったが、近くの渚に寄せて砕ける波頭《なみがしら》か、海上遠くで日
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