に速《はえ》えんだからな。そしておれが間違《まちげ》えをやらかす時にゃ、きっと鉛|弾丸《だま》でやるんだからな。さあ、もうやって来い。」
一頭の馬と乗手との姿が、渦巻いている霧の中からのろのろと出て来て、例の旅客の立っている、駅逓馬車の脇のところまでやって来た。その乗手は身を屈め、それから、車掌をちらりと仰ぎ見ながら、一枚の小さく折り摺《たた》んだ紙片を旅客に手渡しした。乗手の馬は息を切らしていて、馬も乗手も両方とも、馬の蹄から男の帽子まで、泥まみれになっていた。
「車掌!」と旅客は、平静な事務的な信頼の語調で、言った。
用心深い車掌は、右手を自分の持ち上げている喇叭銃の台尻に、左手をその銃身にかけ、眼を騎者に注ぎながら、ぶっきらぼうに答えた。「へえ。」
「何も懸念することはない。わたしはテルソン銀行のものだ。ロンドンのテルソン銀行はお前さんも知っているに違いない。わたしは用向でパリーへ行くところなのだ。酒代《さかて》に一クラウン★あげるよ。これを読んでいいね?」
「速くして下さいますんならね、旦那。」
彼は自分のいる側の馬車ランプの明りの中にそれを開《あ》けて、そして読んだ、―
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