同は下へ降り始めた。ムシュー・ドファルジュはランプを持って真先に行き、ロリー氏はその小さな行列の殿《しんがり》になった。あの長い本階段をそう幾段も降りないうちに彼は立ち止って、屋根をじっと見つめ、壁をじろじろ見※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]した。
「この場所を覚えていらっしゃいますか、お父さま? あなたはここを上っていらしたことを覚えていらっしゃいますか!」
「何と仰しゃったかな?」
 しかし、彼女がその問を繰返さないうちに、彼はあたかも彼女がその問を繰返したかのように答を呟いた。
「覚えているかって? いいや、覚えていない。あれはずいぶん以前のことだったからな。」
 彼が牢獄からこの家へ連れて来られたことについては少しの記憶も持っていないのは、彼等には明白になった。彼等は彼が「北塔百五番。」と呟くのを聞いた。そして、彼が自分の周囲を眺める時には、明かにそれは自分を永い間取囲んでいた堅固な城壁を探し求めるためであったのだ。一同が中庭まで来ると、彼は、吊上げ橋のあるのを予期しているように、知らず識らずのうちに歩き振りを変えた。ところが、吊上げ橋がなくて、からりとしている街路に
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