の? わたしなんか大して見映《みば》えがしやしないよ。そうじゃないかい? どうしてお前さんたちは要《い》るものを取りに行かないんだよ? 嗅塩《かぎしお》と、お冷《ひや》と、お酢《す》と★を速く持って来ないと、思い知らしてあげるよ。いいかね!」
 それだけの気附薬を取りに皆が早速方々へ走って行った。すると彼女はそうっと病人を長椅子《ソーファ》に寝かして、非常に上手に優《やさ》しく介抱した。その病人のことを「わたしの大事な方《かた》!」とか「わたしの小鳥さん!」とか言って呼んだり、その金髪をいかにも誇らかに念入りに肩の上に振り分けてやったりしながら。
「それから、茶色服のお前さん!」と彼女は、憤然としてロリー氏の方へ振り向きながら、言った。「お前さんは、お嬢さまを死ぬほどびっくりさせずには、お前さんの話を話せなかったの? 御覧なさいよ。こんなに蒼いお顔をして、手まで冷くなっていらっしゃるじゃありませんか。そんなことをするのを[#「そんなことをするのを」に傍点]銀行家って言うんですか?」
 ロリー氏はこの返答のしにくい難問に大いにまごついたので、ただ、よほどぼんやりと同情と恐縮とを示しながら、少し離れたところで、眺めているより他《ほか》に仕方がなかった。一方、その力の強い女は、もし宿屋の召使たちがじろじろと見ながらここにぐずぐずしていようものなら、どうするのかは言わなかったが何かを「思い知らしてやる」という不思議な嚇《おど》し文句で、彼等を追っ払ってしまってから、一つ一つ正規の順序を逐うて病人を囘復させ、彼女を宥《なだ》め賺《すか》してうなだれている頭を自分の肩にのせさせた。
「もうよくなられるでしょうね。」とロリー氏が言った。
「よくおなりになったって、茶色服のお前さんなんかにゃ余計なお世話ですよ。ねえ、わたしの可愛いい綺麗なお方!」
「あなたは、」とロリー氏は、もう一度しばらくの間ぼんやりした同情と恐縮とを示した後に、言った。「|マネット嬢《ミス・マネット》のお伴をしてフランスへいらっしゃるんでしょうな?」
「いかにもそうありそうなことなのよ!」とその力の強い女が答えた。「でも、もしわたしが海を渡って行くことに前からきまってるんなら、天の神さまがわたしが島国《しまぐに》に生れて来るように骰子《さいころ》をお投げになるとあんたは思いますか?」
 これもまたなかなか返答の
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