る時に、永遠の氷に鎖《とざ》される宿命《さだめ》になっていたのだ。私の友人が死ぬ。私の隣人が死ぬ。私の恋人、私の心の愛人が死ぬ。それは、その個人の裡《うち》に常に宿っていた秘密の仮借なき凝固であり永久化であるのだ。そういう秘密を私もまた自分の裡に宿して自分の生涯の終りまで持って行くことであろう。私の今通っているこの都会のどの墓地にでも、この都会の忙しく働いている住民たちが、その心の一番奥底では、私にとって窺い知りがたいものであり、あるいは私が彼等にとってそうであるよりも以上に、窺い知りがたい死者というものが、果しているであろうか?
この、生得の、他人に譲ることの出来ない資産ということでは、例の馬上の使者も、国王や、宰相や、ロンドン随一の富裕な商人などと全く同じだけのものを持っているのであった。また、がたがたと音を立てて行く一台の古ぼけた駅逓馬車の狭苦しい中に閉じこめられている、あの三人の旅客にしても、やはりそうなのだ。彼等は、一人一人が自分自身の六頭牽の馬車に乗って、あるいは自分自身の六十頭牽の馬車に乗って、自分と隣の者との間に一つの郡ほどの間隔を置いてでもいるように、完全に、お互が神秘なのであった。
例の使者はゆっくりした早足で馬に乗って引返し、かなり幾度も路傍の居酒屋に止って酒を飲んだが、しかし、なるべく口を噤み、帽子を眼深《まぶか》にかぶっているようにしていた。彼はそういう帽子のかぶり方に極めてよく釣合った眼をしていた。黒味がかかった眼で、色でも形でも深みが少しもなく、もし余り遠く離れていると何かの事で片眼だけが見つけ出されはしないかと恐れてでもいるかのように――ひどくくっつき過ぎているのだ。その眼は、三角の痰壺のような古ぼけた縁反帽《ふちそりぼう》の下、頤と咽《のど》とを巻いてほとんど膝あたりまで垂れ下っている大きな襟巻の上に、陰険な表情をしていた。止って一杯飲む時には、彼は、右手で酒をぐうっとやる間だけ、その襟巻を左手で取り除け、それがすむや否や、すぐに再び巻きつけてしまうのだった。
「いいや、ジェリー、いやいや!」と使者は、馬に乗っている間も一つの事ばかり考え返しながら、言った。「そいつあお前《めえ》のためにゃよくあるめえぜ、ジェリー。ジェリー、お前《めえ》は実直な商売人なんだからな、そいつあお前の[#「お前の」に傍点]商売にゃ向くめえよ! よみが―
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