ら。
 こういう次第で、テルソン銀行は意気揚々と不便の極致になってしまっていた。白痴のように強情な扉《ドア》を低い軋り音を立てながらぐいと開《あ》けた後に、諸君はテルソン銀行の中へ二段だけ下って降りる。そして、小さな勘定台の二つある、みすぼらしい、小さな店の中で、諸君は我に返る。そこでは、この上もなく年をとった人たちが、諸君の小切手をちょうど風がそれをさらさら音を立てさせるかのように振り動かしてみたり、また、この上もなく黒ずんだ窓の傍でその署名を調べてみたりする。その窓はフリート街★から来る泥土をいつも雨のように浴びせられていて、その窓に附いている鉄格子と、テムプル関門《バー》の重苦しい影とのためにいっそう黒ずんでいたのだ。もし諸君が自分の用件で「銀行」と会う必要が生ずるならば、諸君は奥の方にある罪人の監房のようなところに入れられる。諸君がそこで空費された生涯ということについて黙想していると、やがて銀行は両手をポケットに突っ込んでやって来る。そこの陰気な薄明りの中では諸君は彼を辛うじて細眼《ほそめ》で見ることが出来るだけだ。諸君のお金《かね》は虫の喰った古い木製の抽斗《ひきだし》の中から出て来る。またはその中へ入って行く。その抽斗が開《あ》けられたり閉《し》められたりする時に抽斗の微分子が諸君の鼻の中を舞い上ったり諸君の咽《のど》を舞い下ったりするのである。諸君の銀行紙幣は、まるでそれが再びもとの襤褸《ぼろ》にずんずん分解しつつあるかのように、黴臭い匂いをしている。諸君の金属器類はそこらあたりのどぶ溜のようなところの中へしまいこまれる。そして悪《あ》しき交りがそれの善き光沢を一日か二日のうちに害《そこな》う★のである。諸君の証券は台所と流し場とを改造した俄か造りの貴重品室の中へ入ってしまう。そしてその羊皮紙から脂肪がすっかり蝕《く》い取られてその銀行の空気になってしまう。家庭の書類を入れた諸君の軽い方の箱は、階上の、いつも大きな食卓が置いてあるが決して御馳走のあったことがないバーミサイドの部屋★へ上って行く。そして、その部屋で、一千七百八十年においてさえ、諸君の以前の愛人や諸君の小さな子供たちによって諸君に宛てて書かれた最初の手紙は、アビシニアかアシャンティーにふさわしい狂暴な残忍さと兇猛さとをもってテムプル関門《バー》の上に曝されている首★に、窓越しに横目で見られ
前へ 次へ
全171ページ中61ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 直次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング