ても、必ずしもその個々の和に等しい価値にはならないからね。このほかにも、まだ関係[#「関係」に傍点]の範囲内でだけ真理であるにすぎない数学的真理がたくさんある。しかし数学者は習慣上、彼の限定された真理[#「限定された真理」に傍点]から、まるでそれが絶対的になににでも適用されるものであるかのように、論ずるのだ。――そして世間も実際そうだと想像しているんだがね。ブライアント(15)が、あのたいへん該博な『神話学』のなかで、『だれも異教徒の寓話《ぐうわ》を信じはしないが、それでいて、我々はいつもうっかり、それらの寓話を実在するものと思って、それらから推論をする』と言っているのは、それに似た誤謬の源を言っているのさ。ところが、かの代数学者たちは異教徒そのものなんで、彼らはその『異教徒の寓話』を信じている[#「いる」に傍点]のだ。そして、彼らがその推論をするのは、ついうっかりして忘れてやるよりも、わけのわからぬ頭の悪さからやるんだからな。要するにだね、ただの数学者で等根以外のことで信用できる人、あるいは x2[#「2」は上付き小文字]+px が絶対的にかつ無条件にqに等しいということをひそかに自分の信条としていない人には、僕はいままでお目にかかったことがないよ。まあ、ためしに、そういう紳士方の一人に、x2[#「2」は上付き小文字]+px が必ずしもqに等しくない[#「ない」に傍点]場合もありうると思う、と言ってやってご覧なさい。そして君の言おうとしていることを相手にわからせたら、できるだけさっさとその男の手のとどかないところへ逃げたまえ、きっと彼は君をはり倒そうとするだろうからね」
彼の最後の言葉を聞いて私がただ笑っていると、彼は話をつづけた。「僕の言おうとするのは、もしあの大臣が数学者であるだけだったら、総監はこの小切手を僕にくれる必要がなかったろう、ということなんだ。しかし僕は彼が数学者でありかつ詩人であることを知っていたので、僕の物差を、彼の周囲の事情を考えて、彼の才能に適合させたのだ。僕はまた廷臣としての、また大胆な陰謀家《アントリガン》としての彼をも知っていた。そういう人間が警察の普通のやり方を知らないはずはないと僕は考えた。彼は自分が待ち伏せされることを予想しないはずがなかったろう。――そして事実は彼がそれを予想したことを示している。彼は自分の屋敷が秘密に調べられることを予知したにちがいない、と僕は思った。彼がちょいちょい夜家をあけることを、総監は自分の成功を助けるものだと思って大いに喜んだが、僕はただそれを、警察に十分に捜索させる機会を与え、そうしてそれだけ早く彼らに、G――が事実とうとう到達したあの確信――手紙が屋敷の内にないのだという確信を――与えようとする策略《リュウズ》だと考えた。それからまた、僕がさっきちょっと骨を折って君に詳しく話した、あの隠された品物を捜す場合にとる、警察の一本調子な方針についてのあらゆる考えだね、――ああいう考えはみんな必ず大臣の心に浮んだろう、と僕は感じた。そういうことを考えると、彼はどうしても否応なしに普通の隅っこ[#「隅っこ」に傍点]の隠し場所などはいっさい眼もくれなかったにちがいない、あの男[#「あの男」に傍点]が、自分の邸のいちばん入り組んだ、引っこんだ隅っこでも、総監の眼や、探針や、錐や、拡大鏡にとっては、ごく普通の戸棚同様にあけっ放しのものであることを知らないほど、愚鈍であるはずがない、と僕は考えた。結局、僕は、彼がたとえ熟慮の末に選んだのではなくとも、当然の成行きとして、単純[#「単純」に傍点]な手段をとったにちがいない、ということを悟ったのだよ。君は、我々が最初に総監と会ったとき、この事件がそんなに彼を悩ませるのは、それがきわめて[#「きわめて」に傍点]わかりきっているためかもしれんと僕が言ったら、総監がやけに笑いこけたことを、たぶん覚えているだろう」
「うん、たいへんなご機嫌だったことをよく覚えているよ。あんまり笑うので、ひきつけやしないかと僕はほんとうに思ったものだ」と私は言った。
「物質界には」とデュパンは語をつづけた。「非物質界と非常によく類似したことがたくさんある。だから、隠喩《いんゆ》やあるいは直喩が叙述を修飾するとともに、議論を強めることができるという修辞上の独断が、いくらか真理らしく見えるのだ。たとえば惰性力《ウィース・イネルティアエ》の法則は物理学でも形而上《けいじじょう》学でも同一であるらしい。物理学で、大きい物体を動かすのは小さい物体を動かすよりも困難で、それに伴う運動量《モーメントゥム》はその困難に比例するものであるが、これは形而上学で、能力の大きい知能は劣等な知能よりもその動作において力があり、堅実であり、重大な結果を生ずるけれども、またそれより
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