かった。そして力弱くもがいている者も少しはあった。悲しげな不安が満ちていた。数えきれないほどの穴の底からは、埋められている者の着物のさらさらと鳴る陰惨な音が洩れてきた。静かに眠っているように思われる者も多くは、もと埋葬されたときのきちんとした窮屈な姿勢をいくらかでも変えているのを私は見た。じっと眺めていると、例の声がまた私に話しかけた。
「これが――おお、これが惨めな有様ではないのか[#「ないのか」に傍点]?」しかし、私が答える言葉を考え出すこともできないうちに、そのものはつかんでいた手首をはなし、燐光は消え、墓はとつぜんはげしく閉ざされた。そしてそのなかからもう一度大勢で「これが――おお、神よ! これが惨めな有様ではないのか[#「ないのか」に傍点]?」という絶望の叫び声が起ってきたのであった。
夜あらわれてくるこのような幻想は、その恐るべき力を目の覚めている時間にもひろげてきた。神経はすっかり衰弱して、私は絶え間ない恐怖の餌食《えじき》となった。馬に乗ることも、散歩することも、その他いっさいの家から離れなければならないような運動にふけることもためらった。実際、私に類癇の病癖のあることを知っている人々のところを離れては、もう自分の身を安心していることができなかった。いつもの発作を起したとき、ほんとうの状態が確かめられないうちに埋葬されはしないかということを恐れたからである。私はもっとも親しい友人たちの注意や誠実さえ疑った。類癇がいつもより長くつづいたときに、彼らが私をもう癒《なお》らないものと見なすような気になりはしないかと恐れた。そのうえもっと、ずいぶん彼らに厄介をかけたので、非常に長びいた病気にさえなれば、それを厄介払いをするのにちょうどいい口実と喜んで考えはしまいか、ということまでも恐れるようになった。彼らがどんなに真面目に約束をして私を安心させようとしても無駄だった。私は、もうこのうえ保存ができないというまでに腐朽がひどくならなければ、どんなことがあっても私を埋葬しない、というもっとも堅い誓いを彼らに強要した。それでもなお私の死の恐怖は、どんな理性にもしたがおうともしなかったし――またなんの慰安をも受けなかった。私はたいへん念の入った用心をいろいろと始めることにした。なによりもまず一家の墓窖《はかあな》を内側から造作なくあけることができるように作りかえた。
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