うして、その漆喰の石灰と、火炎と、死骸《しがい》から出たアンモニアとで、自分の見たような像ができあがったのだ。
 いま述べた驚くべき事実を、自分の良心にたいしてはぜんぜんできなかったとしても、理性にたいしてはこんなにたやすく説明したのであるが、それでも、それが私の想像に深い印象を与えたことに変りはなかった。幾月ものあいだ私はその猫の幻像を払いのけることができなかった。そしてそのあいだ、悔恨に似ているがそうではないある漠然《ばくぜん》とした感情が、私の心のなかへ戻ってきた。私は猫のいなくなったことを悔むようにさえなり、そのころ行きつけの悪所《あくしょ》でそれの代りになる同じ種類の、またいくらか似たような毛並のものがいないかと自分のまわりを捜すようにもなった。
 ある夜、ごくたちの悪い酒場に、なかば茫然《ぼうぜん》として腰かけていると、その部屋の主な家具をになっているジン酒かラム酒の大樽《おおだる》の上に、なんだか黒い物がじっとしているのに、とつぜん注意をひかれた。私はそれまで数分間その大樽のてっぺんのところをじっと見ていたので、いま私を驚かせたことは、自分がもっと早くその物に気がつかなか
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