あったあの慈悲ぶかい気持を、前にも言ったように、多分に持っていたのだ。
 しかし、私がこの猫を嫌えば嫌うほど、猫のほうはいよいよ私を好くようになってくるようだった。私のあとをつけまわり、そのしつこさは読者に理解してもらうのが困難なくらいであった。私が腰かけているときにはいつでも、椅子《いす》の下にうずくまったり、あるいは膝《ひざ》の上へ上がって、しきりにどこへでもいまいましくじゃれついたりした。立ち上がって歩こうとすると、両足のあいだへ入って、私を倒しそうにしたり、あるいはその長い鋭い爪《つめ》を私の着物にひっかけて、胸のところまでよじ登ったりする。そんなときには、殴り殺してしまいたかったけれども、そうすることを差し控えたのは、いくらか自分の以前の罪悪を思い出すためであったが、主としては――あっさり白状してしまえば――その動物がほんとうに怖かった[#「怖かった」に傍点]ためであった。
 この怖さは肉体的災害の怖さとは少し違っていた、――が、それでもそのほかにそれをなんと説明してよいか私にはわからない。私は告白するのが恥ずかしいくらいだが――そうだ、この重罪人の監房のなかにあってさえも、
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