あったあの慈悲ぶかい気持を、前にも言ったように、多分に持っていたのだ。
 しかし、私がこの猫を嫌えば嫌うほど、猫のほうはいよいよ私を好くようになってくるようだった。私のあとをつけまわり、そのしつこさは読者に理解してもらうのが困難なくらいであった。私が腰かけているときにはいつでも、椅子《いす》の下にうずくまったり、あるいは膝《ひざ》の上へ上がって、しきりにどこへでもいまいましくじゃれついたりした。立ち上がって歩こうとすると、両足のあいだへ入って、私を倒しそうにしたり、あるいはその長い鋭い爪《つめ》を私の着物にひっかけて、胸のところまでよじ登ったりする。そんなときには、殴り殺してしまいたかったけれども、そうすることを差し控えたのは、いくらか自分の以前の罪悪を思い出すためであったが、主としては――あっさり白状してしまえば――その動物がほんとうに怖かった[#「怖かった」に傍点]ためであった。
 この怖さは肉体的災害の怖さとは少し違っていた、――が、それでもそのほかにそれをなんと説明してよいか私にはわからない。私は告白するのが恥ずかしいくらいだが――そうだ、この重罪人の監房のなかにあってさえも、告白するのが恥ずかしいくらいだが――その動物が私の心に起させた恐怖の念は、実にくだらない一つの妄想《もうそう》のために強められていたのであった。その猫と前に殺した猫との唯一《ゆいいつ》の眼に見える違いといえば、さっき話したあの白い毛の斑点なのだが、妻はその斑点のことで何度か私に注意していた。この斑点は、大きくはあったが、もとはたいへんぼんやりした形であったということを、読者は記憶せられるであろう。ところが、だんだんに――ほとんど眼につかないほどにゆっくりと、そして、長いあいだ私の理性はそれを気の迷いだとして否定しようとあせっていたのだが――それが、とうとう、まったくきっぱりした輪郭となった。それはいまや私が名を言うも身ぶるいするような物の格好になった。――そして、とりわけこのために、私はその怪物を嫌い、恐れ、できるなら思いきって[#「できるなら思いきって」に傍点]やっつけてしまいたいと思ったのであるが、――それはいまや、恐ろしい――もの凄《すご》い物の――絞首台[#「絞首台」に傍点]の――形になったのだ! ――おお、恐怖と罪悪との――苦悶《くもん》と死との痛ましい恐ろしい刑具の形になっ
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