窓の真ん中の窓は半分開いていた。そして、その窓ぎわ近くに腰をかけて、佗しい囚人か何かのように限りなく悲しそうな顔付きで風にあたっているジーキル博士を、アッタスンはみつけた。
「やあ! ジーキル!」と彼は叫んだ。「君はよくなったのだね。」
「僕はどうも元気がなくてね、アッタスン、」と博士は陰気に答えた。「どうも元気がないのだ。有難いことには、これも永いことではあるまい。」
「君はあんまり家の中にばかりい過ぎるんだ、」と弁護士が言った。「外へ出て、エンフィールド君や僕のように血液の循環をよくしなければいけない。(これは僕の従弟《いとこ》で、――エンフィールド君だ、――ジーキル博士だよ。)さあ来給え。帽子を持ってきて[#「持ってきて」は底本では「持っきて」]、僕たちと一緒に元気よく散歩し給え。」
「御親切はまことに有難い、」と相手は溜息をつくような声で言った。「僕もそうしたいのは山々なんだ。が、いや、いや、いや、それはとてもできないのだ。僕にはできないんだ。しかし実際、アッタスン、よく来てくれたね。全く非常に嬉しいことだ。僕は君とエンフィールド君に上って貰いたいのだが、しかし、こんなところでどうもね。」

「なあに、それなら、」と弁護士は愛想よく言った、「僕たちがこのままにしていて、ここから君と話をすることにすれば一番いい。」
「それはちょうど僕がお願いしようと思っていたことだよ、」と博士は微笑しながら答えた。けれどもその言葉が言い終るか終らないうちに、その微笑はさっと彼の顔から消えてしまい、目もあてられぬような恐怖と絶望の表情に変ったので、窓下にいる二人は血までも凍るような気がした。窓がすぐにぴしゃりと下ろされたので、二人はそれをほんのちらりと一目見ただけであった。しかしその一目で十分だった。彼らは一言も言わずにひき返してその路地を出た。やはり無言のままで彼らはあの横町をよぎった。そして日曜日でさえ相変らずいくらか賑わっている近くの大通りへ出て来てから初めて、アッタスン氏はやっと振りかえって連れの顔を見た。彼らは二人とも真っ蒼だった。そして、眼にも同じような恐怖の色があった。
「ああ困ったことになった! 困ったことになった!」とアッタスン氏が言った。
 しかしエンフィールド氏はひどく真面目な顔をしてただ頷いただけであった。そしてまただまって歩き続けた。

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