い。」
「困ったな、」とアッタスンが言った。それからかなり黙っていて から、「僕に何かできないかね?」と尋ねた。「我々三人はずいぶん古くからの友達だよ、ラニョン。もう生きている間にほかにこんな友達は出来ないだろう。」
「どうにもできないのだ、」とラニョンが答えた。「あの男自身に訊いてくれ給え。」
「あの男は会おうとしないのだ、」と弁護士が言った。
「それは不思議じゃないよ、」という返事だった。「僕が死んだ後、いつかはね、アッタスン、君はあるいはこのことの是非を知るようになるかもしれない。今は話す訳にはゆかないのだ。で、それはそうとして、もし君がそこに腰掛けてほかのことを僕と話すことができるなら、どうかゆっくりしていってくれ給え。しかし、もしその厭な話題に触れずにおくことができないなら、後生だから帰ってくれ給え。僕はそれには我慢ができないのだから。」
 家に帰るとすぐ、アッタスンは腰を下ろしてジーキルに手紙を書き、自分を家に入れぬことに苦情を言い、ラニョンとのこの不幸な絶交の原因を尋ねてやった。すると翌日長い返事がきたが、それにはときどき非常に悲痛な言葉が並べられ、ところどころ意味がはっきりしないところもあった。ラニョンとの仲違いはどうにもできないものであった。「彼は我々の旧友を責めはしない、」とジーキルは書いていた。「しかし二人が二度と会ってはならぬという彼の意見には同感だ。私はこれからは極端な隠遁生活を送るつもりだ。もし私の家の扉が君に対してさえちょいちょい閉ざされることがあっても、君は驚いてはならないし、また私の友情を疑ってもならない。君は私に私自身の暗い路を行かせなければならない。私は何とも言いようのない懲罰と危険とを身に負うている。もし私が罪人《つみびと》の首《かしら》であるならば、私はまた苦しむ者の首《かしら》でもあるのだ。この世がこんなに恐ろしい苦悩と恐怖とを容れる余地があるとは考えられなかった。この運命を軽減するためには、アッタスンよ、君はただ一つの事しかなし得ない。それは私の沈黙を尊重してくれることなのだ。」アッタスンはびっくりした。ハイドの暗い影が取りのけられて、博士はもとの仕事と親交とに立ち帰っていたのだ。ほんの一週間前には、ゆくすえは楽しい名誉ある老年を迎えることのできそうな、あらゆる望みで微笑していたのであった。ところが今は忽ちのうちに、友情
前へ 次へ
全76ページ中30ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 直次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング