ょっと見ても非常に虚弱な体質との異常な結合と、それから――最後に、と言っても前のに劣らないのだが――彼の近くにいると何となく妙な不安を感ずることであった。これは悪寒の初期の症状に幾らか似ていて、脈搏のひどい衰えが伴った。その時は、私はそれを何かある特異質の個人的な嫌悪のためだと考え、ただその徴候のひどいのを不審に思っただけだったが、その後、その原因が人間の本性にもっとずっと深く存在して、憎悪の原理よりももっと崇高な、何かの原則によるものだと信ずるようになったのである。
 この男は(入って来た最初の瞬間から、厭らしい好奇心とでも呼ぶよりほかには言いようのない気持を私に起こさせたのであるが)、普通の人が着ていたなら、とてもおかしいような風に衣服を着ていた。というのは、彼の衣服は、服地こそ贅沢でじみなものではあったが、どの部分の寸法もみな彼には恐ろしく大き過ぎて、――ズボンは脚にだぶだぶぶら下り、地面に引きずらぬように巻くり上げてあるし、上衣の腰のところは臀の下まで来ているし、カラーは肩の上にぶざまに拡がっているのだ。ところが不思議なことには、この滑稽な服装を見ても、私は笑う気になるどころではなかった。いや、むしろ、いま私とむき合っている人間の本質そのものには何か病的な、普通でないところが――何か強い印象を与える、不思議な、胸を悪くするようなところが――あるので、この鮮やかな不釣合はそれと調和し、それを強めるだけのように思われた。だから、その男の性質や性格に対する私の興味に、更にその男の素姓、その生活、その財産や、社会における身分などを知りたいという好奇心までも加えられたのであった。
 こういう観察は、それを書き記すにはずいぶん長くなったが、ほんの数秒の間にしたことであった。私の訪問者は、実際、陰気な興奮に燃えていた。
「あれを持って来てくれましたか?」と彼は叫んだ。「あれを持って来てくれましたか?」そして彼はじれったくてたまらなくて、手を私の腕にかけて私を揺すぶろうとしさえした。
 私は彼に触られると血が凍るような感じがして、彼をおし除けた。「まあ、君、」と私は言った、「わたしはまだ君とお近付きになってはいないということを君は忘れておられる。どうか、お掛けなさい。」そして私は彼に手本を示して自分のいつもの座席に腰を下ろし、患者に対する自分のいつもの態度をできるだけ装った
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