でもあった、と信ずべき理由はなに一つなかった。彼が[#「彼が」に傍点]そのことに、そのすべての方面において、また私と同じくらいはっきりと、気づいていた、ということは明らかであった。が、そういう事がらがそんなにひどく私を悩ませるということを彼が見抜いたのは、前に言ったように、まったく彼のなみなみでない眼力によるというよりほかはない。
私を完全に模倣するための彼の手がかりは、言葉と動作との両方にあった。そして実に見事に彼はそれをやったのだった。私の服装をまねるなどはたやすいことだった。私の歩きぶりや全体の態度は苦もなくまねてしまった。生れつきの欠陥があるにもかかわらず、私の声さえも彼はのがさなかった。私の大きな声はむろん出そうとはしなかったが、調子は――そっくりだった。そして彼の奇妙なささやきは[#「そして彼の奇妙なささやきは」に傍点]――私の声の反響そのままになってきた[#「私の声の反響そのままになってきた」に傍点]。
この実に精緻《せいち》な肖像画(というのは、それはどうも戯画《カリカチュア》と名づけるわけにはいかなかったのだから)がどんなにひどく自分を悩ませたかは、いまここで書き
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