まみれた顔をして、力のないよろよろした足どりで私の方へすすんで来た。
そんなふうに見えた。が、そうではなかった。それは私の敵手であった、――それは断末魔の苦悶《くもん》をしながらそのとき私の前に立ったウィルスンであった。彼の仮面と外套とは床の上に、彼の投げ棄《す》てたところに、落ちていた。彼の衣服中の糸一本も――彼の顔のあらゆる特徴のある奇妙な容貌《ようぼう》のなかの線一つも、まったくそのままそっくり、私自身のもの[#「私自身のもの」に傍点]でないものはなかった!
それはウィルスンであった。けれども彼はもうささやきでしゃべりはしなかった。そして私は、彼が次のように言っているあいだ、自分がしゃべっているのだと思うことができたくらいであった。――
「お前は勝ったのだ[#「お前は勝ったのだ」に傍点]。己は降参する[#「己は降参する」に傍点]。だが[#「だが」に傍点]、これからさきは[#「これからさきは」に傍点]、お前も死んだのだ[#「お前も死んだのだ」に傍点]、――この世にたいして[#「この世にたいして」に傍点]、天国にたいして[#「天国にたいして」に傍点]、また希望にたいして死んだんだぞ[#「また希望にたいして死んだんだぞ」に傍点]! 己のなかにお前は生きていたのだ[#「己のなかにお前は生きていたのだ」に傍点]。――そして[#「そして」に傍点]、己の死で[#「己の死で」に傍点]、お前がどんなにまったく自分を殺してしまったかということを[#「お前がどんなにまったく自分を殺してしまったかということを」に傍点]、お前自身のものであるこの姿でよく見ろ[#「お前自身のものであるこの姿でよく見ろ」に傍点]」
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(1)William Chamberlayne(一六一九−七九)――イギリスの詩人、劇作家。
(2)Elah−Gabalus(二〇五−二二二)――本名 Varius Avitus Bassianus. ローマの皇帝。その放埒《ほうらつ》な乱行をもって知られている。
(3)the dim valley――旧約聖書詩篇第二十三篇第四節に出ている「死のかげの谷」のこと。
(4)leading−strings――歩き初めの子供につかまらせて歩き慣らせる紐《ひも》。
(5)ferule――学校で、懲罰として児童を、とくにその掌《てのひら
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