して館《やかた》の白銀の床を踏み、楯のかかれる壁へ近づきけるに、楯はまことに彼の来たり取るを待たずして、そが足もとの白銀の床の上に、いとも大いなる恐ろしく鳴りひびく音をたてて落ち来たりぬ」

 この言葉が私の唇から洩《も》れるや否《いな》や――まるでほんとうに真鍮の楯がそのとき銀の床の上に轟然《ごうぜん》と落ちたかのように――はっきりした、うつろな、金属性の、鏘然《そうぜん》たる、しかし明らかになにか押し包んだような反響が聞えたのだ。私はまったく度胆《どぎも》をぬかれて跳び上がった。がアッシャーの規則的な体をゆする運動は少しも乱れなかった。私は彼のかけている椅子のところへ駆けよった。彼の眼はじっと前方を見つめていて、顔面には石のように硬《こわ》ばった表情がみなぎっていた。しかし、私が手を肩にかけると、彼の全身にはげしい戦慄《せんりつ》が起った。陰気な微笑が彼の唇のあたりで震えた。そしてまるで私のいるのを知っていないかのように、低く、早口に、とぎれとぎれに呟いているのを私は見た。ぴったりと彼の上に身をかがめて、やっと私は彼の言葉の恐ろしい意味を夢中に聞きとった。
「聞えない? ――いや、
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